Je t'aime

40万打御礼記念企画・リクエスト作品

Regardez-moi Seulement


 某月某日。高校生活最後の球技大会が始まった。
 1年の時は卓球とソフトボール、2年の時はバスケとテニス、3年はソフトバレーとサッカーに別れる。ソフトバレーは男女混合の6人編成でチームを作り、バドミントンのコートで大きく軽いボールを使うから、運動音痴なあたしでもそれなりに楽しくできて、実は今年は密かに楽しみだったりした。
「初っ端から不機嫌な顔してんじゃねーよ、ヤマト!」
 あたしのいるチームはまず審判をするので、当てられたコートの横に立つ。と、後ろの方から篠原くんのそんな声が聞こえてきた。
 ふと振り返ると――ばっちり藤崎くんが睨んでました。……なんで!?
 咄嗟に顔を逸らしてコートの方へ目を向けたけれど、後ろが気になって仕方がない。なんで。どうして睨まれてるの、あたし。何かしたのか、あたし。
「……椿ちゃんに目逸らされた……」
 小さく落ち込む彼の声が聞こえた。ずきっと胸が痛んだ。
 でもごめんね。もう一度振り返るのは怖いんだ。
「いやビビられてんだろ」
 すかさずに篠原君が言った。その通りかもしれない。
「え?」
「え、じゃないって。今のお前の目、怖いから」
「そうかしら……」
「そうだよ。体育委員の権限で同じ種目に入ったのはまぁ良いとして、さすがに同じチームに入れる奇跡はそう簡単に起こらないってことだ。もう始まってんだから諦めろ。機嫌直せ」
 篠原君が宥めたところで開始のホイッスルが鳴った。
 一斉に試合が始まる。騒がしい体育館の中で、それきり藤崎くんの声は聞こえてこなかった。少しホッとした。
「あれ、絶対俺が原因だぜ」
 突然上から声がした。驚いて顔を上げると森岡君だった。森岡君はあたしを見下ろして、目が合うとニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
 でもすぐに視線はコートの方へ戻った。
「森岡君、何かしたの?」
 意味が分からなくてあたしが首をかしげて尋ねれば、森岡君はやっぱり意地悪そうに笑ってあたしを見た。
「特には何もしてないけど」
「うん?」
 よく分からない。
 再び首を傾げてみても、森岡君はもうこっちを見ることもなくて、答えてくれなかった。
 藤崎くんは、特に何もしてない森岡君をどうして怒っているんだろう? やっぱりあたしが何かしたのかなあ?
 でも昨日までは普通に一緒に帰ったりしてたのに。うーん?
――あたしがずっと頭をぐるぐると回しているうちにも時間は過ぎ、ホイッスルの鳴る音で試合は終了した。今度はあたしたちの番だ。
 勝ったチームがホワイトボードに勝敗を書いていき、次の審判チームがやって来る。
「おし、頑張ろうぜ!」
 森岡君が士気を高めるように声を張って言った。あたしがいるチームはサッカー部エースの森岡君を筆頭に、テニス部キャプテンの畑さんもいて運動能力の高い人たちが割りと集まっている。さすがにバレー部の子はサッカーに回っているけれど。運動音痴なあたしとしては足を引っ張らないよう頑張ることに気合を入れる。
 じゃんけんをしてサーブ権を貰ったのはあたし達のチームだった。ホイッスルの音と同時に山本さんが腕を振ってアンダーサーブを投げる。
 ふわりとネットを越えたボールは相手チームにレシーブされ、二人目がトスする。けれど上がりすぎて、ネットを越えてきた。それを前に居た森岡君が上げて、横にいたあたしの前にボールが来た。あたしは慌てて飛び上がり、ペチッと音を立てて向こう側に落とす。思いの外急な角度がついて落ちたそのボールは、ギリギリコートの中に入っていた。
 なんと! 先取点を取ってしまった、このあたしが!!
 当たり所の悪かった手がじんじんと痛むけれど、驚きと歓喜で胸が一杯になる。
「おお、すげぇじゃん、藤崎!」
 森岡君もまさか点を取れるとは思っていなかったのだろう。声が驚いていた。振り向くと手を伸ばしてきたので、あたしもそれに合わせて腕を挙げ、ハイタッチをする。
「やったね、藤崎さん!」
 畑さんとも手をパチンと鳴らし、それをチームメイト全員と交わした。なんだか幸先いいぞ!

――なんて、それはただ運が良かっただけだったというのはすぐに分かることだった。あたしの活躍はそれの一度だけで、あとは森岡君や畑さんの積極的なアタックが功を奏し、一回戦は勝利を収めた。ああ、でも、コートは狭いはずなのにどうして運動量は多い気がするんだろう。
 次の時間は試合もなく審判にも当てられていなかったので、同じクラスのチームの応援に回ることにした。藤崎くんのいるチームか彩芽のいるチームを見ようと思って対戦表を確認する。彩芽のチームは審判に当たっていた。
「ヤマトの応援に行こうよ」
 ふと後ろから肩を叩かれ、振り返ると畑さんがいた。あたしはコクンと頷いて、藤崎くんがいるAコートへ向かった。
「あ、椿ちゃん! 応援に来てくれたの?」
 あたし達が舞台側の壁に立つと、それを見つけた藤崎くんがこちらを向いて手を振ってきた。
「うん。頑張ってね」
 あたしも小さく手を振り返す。なんだか恥ずかしいな、こういうの。
「わたしも応援してるからねぇ!」
 隣で畑さんが笑って声を張り上げた。
「畑さんもアリガト。頑張るわね」
 そこでホイッスルが鳴り、相手チームからのサーブで試合が始まった。
 高倉さんがレシーブしたボールを篠原君が藤崎くんへ繋げ、軽いはずのボールは重い音を立てて床に叩きつけられる。相手のトスミスを藤崎くんが直接プッシュして得点する。篠原君のサーブはバックラインギリギリを常に外さない正確さで相手を翻弄している。
 なんというか、やっぱり藤崎くんはカッコ良かった。篠原君もカッコ良かった。特に藤崎くんと篠原君とのコンビプレイはバレー部さながらで、ほとんどが二人で点を取っていた。猛烈奪取とでも言ったらいいくらいの展開で、いつの間にか女子の声援は「黄色い歓声」に変わっていた。
 ホイッスルが鳴り響き、試合終了を告げる。気づけば相手チームを圧倒的に打ち負かす結果になっていた。
「あ、次始まっちゃう。行こう、藤崎さん」
 次は対角線上にあるFコートであたし達の試合がある。畑さんとあたしは急いでAコートから離れるように歩き出した。
 けれど、不意に腕を引っ張られる。
「椿ちゃん」
 藤崎くんだった。勝ったのに全然嬉しそうな顔じゃなく、表情のない真顔を向けられ、あたしは少し戸惑ってしまった。
「あ……おめでとう! 凄かったよ」
 思い切り笑顔を浮かべて言った。
 なのに藤崎くんは困ったように首を傾げてしまう。まだ機嫌直ってなかったのかなぁ。試合の前はそうでもなかったのに。
「椿ちゃんも、頑張ってね」
 搾り出すような声音で藤崎くんはそう言ってあたしの腕を離す。そのままあたしの返事も聞かずに篠原君の方へ行ってしまった。
 うん? なんだったんだろう?

 最後のホイッスルが鳴って、球技大会は終わりを迎えた。
 あたし達のチームは入賞も出来なかったけど、藤崎くんのチームは準優勝を収めた。これで藤崎くんの機嫌も少しは良くなっているかなと思っていたのは甘かったのだろうか。
 着替え終わったあたしと彩芽が更衣室を出ると、待っていたらしい藤崎くんが真面目な顔をして目の前に現れた。ただならない雰囲気に彩芽は気を遣って先に行ってしまう。あたしはどうしていいか分からず、篠原君や森岡君を探してみたけれど二人の姿はどこにもなくて、藤崎くんを見上げた。
「ちょっと、いい?」
「う、うん……」
 ホームルームもなく、文芸部も引退しているから時間はいくらでもあった。
 連れてこられたのは図書室の横にある非常階段の出口で、ここはあたしが告白した場所でもある。屋上が開放されていないこの学校にとって、どの時間でも人気が少ない唯一の場所だ。
「手、出してくれる?」
 向き合うと藤崎くんは最初にそれだけを言った。あたしは両手を前に差し出す。
 すると彼はあたしの両手を握り締める。ぎゅっと触れ合って、黙ったままだ。
 藤崎くんはふう、と溜め息を洩らすと、手を握ったまま腕を後ろへ引っ張り、あたしは釣られて前へ倒れこむ。転ぶ、と思った瞬間にあたしの体は藤崎くんに抱きとめられた。
「……ダメね、アタシ……」
 あたしの頭を抑えながら、耳元で彼の呟く声が聞こえた。
 何だろう、この体勢。恥ずかしすぎるんですけど……。心臓が煩いくらいに鳴って、耳まで顔が熱くなる。
「森岡相手に満面の笑顔振りまくことないんじゃないの? ハイタッチとか嬉しそうにしないでほしいわ」
 囁くように聞こえたそれは。
「……はい?」
 いやいやいや。そんな無茶な。
 ていうかヤキモチですか? え、まじで?
 どうしよう。嬉しいんだけど。困るけど嬉しいって、どうしたら良いんだろう。
 とりあえず腕を彼の背中に回して、抱きしめ返してみた。でもほんの一瞬で離した。
 あたしには無理だ。恥ずかしすぎて死ねる。
「アタシのことうざい?」
 吐息がかかってくすぐったい。
「え……、そんなことは……」
 切ない声で言われたら何も言えなくなってしまうのに、分かっているんだろうか。
「重い?」
 また、そんな声で。
「いや……、あの……」
 あたしにどうしろと言うのか。
「キスしたい」
「無理」
「……そこだけは即答なのね」
 ごめんなさい。
 でもここではほんと、無理です。
 だって思い出してしまう。
「ねえ、しばらくこのままで、いい?」
「……うん」
 どうしていいか分からなくて、あたしはただ立ったままだったけれど。藤崎くんがそれだけで良いと言うのなら、あたしはずっと立っていようと思う。
 腕の中にいるだけで良いと言うのなら、あたしはずっといるよ。それくらいしかできないから。
 恥ずかしいけど、藤崎くんの機嫌が直るまでならいいかな。

「準優勝おめでと」
「大好きよ、椿ちゃん」
「……」
 うん。

+++ FIN. +++

ご精読ありがとうございました。
確か高校生編ってこんな感じでしたよね。

2009/01/08 up  美津希