Ich Mag Sie 〜告白〜
澤井先輩のことをはっきりさせようと思ったのは、何がきっかけだったけ。
ああ、そうだ。古瀬の言葉だ。俺の気持ちが渡会に傾いているんじゃないかと言ったのは古瀬だった。その後渡会から恋人と言う関係をやめようと言われて、決めたんだ。
渡会志奈とは大学のサークルで知り合った。高校時代から好きだった澤井先輩と水沙が居ると聞いて何も考えずに入った美術サークルに渡会もいたんだ。渡会は古瀬と違って大人しい、どちらかと言えば水沙に似たタイプの女の子って印象だった。笑うとできる笑窪がカワイイと思った。――でも、それだけだった。
渡会から告白されたのは夏休みに入る少し前で。その時俺は別に好きな人がいるからと言った。そんなことを言われて、それでも良いと言った子は今までにも何人かいたけど、まっすぐ俺の目を見て言い切ったのは渡会だけだった。だから俺は付き合ってもいいよ、などと言ってのけた。何様だって感じだけど。本当は諦めてほしくなかった自分がいたのかもしれない。
無理やり繋ぎ止めた俺と渡会の関係は、やはり長くは続かなかった。
渡会が笑いかけてくれるたびに、手を握り返してくれるたびに、抱きしめ返してくれるたびに、俺は甘えて、安心して、目を背けていたのだと思う。澤井先輩のことを。
高校1年の時から知り合って今まで、認めたくなかったんだ、こんな気持ち。俺はいたってノーマルだと信じて疑わなかった過去。だけど募る想いは止められなくて。だけどそれを簡単に放せるほど勇気もなくて。ただ先輩との関係を壊さないように守ってきた。澤井先輩が水沙を溺愛しているのは周知の事実だし、何度も目の当たりにしてきた。横恋慕なんてするつもりはなかった。
――そう。これは告白。ただ話すだけでいいんだ。
自分に言い聞かせるようにして向かったのは学校の駐車場の傍にある児童公園。そこで時間を潰して、頃合を見計らって公園を出ると先輩たちを待った。俺の気持ちを言おうと決めて、澤井先輩を待っていた。
待ちながら自分の気持ちを見つめていた。澤井先輩のことをハッキリさせるんだと。
ふと、もう一人の俺が笑う。逆だろう。
自分の中での渡会の気持ちを確かめるために先輩に告白するんじゃなくて、先輩への気持ちを確かめるために告白するのか？ それではまるで渡会への気持ちは既に決まっていると言っているようなもんじゃないか。
すると俺は答える。――そうだよ、決まっているんだ。
あの時から決まっていたんだ。俺が渡会の告白に応えた時からきっと、俺の気持ちは渡会へ向かっていたんだ。だけど高校の3年間守ってきた感情を簡単に否定したくなくて、俺はみっともないくらい足掻いていたんだ。
触れたい。見つめたい。触れられたい。見つめられたい。
だけど渡会にはずっと隣に居てほしい。ただ居てくれるだけでいい。俺の方を見なくていいから。触れなくていいから。そこに居ると俺が確かめられれば、それで良いから。
渡会を避けるようにサークルに顔を出さなくなって、ようやく向き合えた俺の本音。でもこれは先輩にも渡会にも言わない。俺だけが知っていればいいことだ。
澤井先輩と水沙が並んで駐車場に入ってきた。その姿を認めた俺の心臓は一気に高鳴りだした。
来る。
そう思った瞬間、俺は物陰に隠れていた。
背中に二人の声が微かに聞こえる。しばらくしてドアが閉まる音と、走り出す音がして、振り向くと二人の姿はなかった。
心臓は相変わらず早く打ち付ける。だけど心は穏やかで、ゆっくりと吐き出した息と共に軽くなった気がした。何も言えないどころか、姿さえ出せなかったのに。
――好きでした。
胸の中にその言葉を閉まう。だけどそれは「愛してる」とかじゃなくて、憧れに近かったのかもしれない。芸能人に対する独占欲に似ている気もする。だけどそれは確かに「好き」という気持ちだった。
アイシテル。なんて甘美で重い言葉だろうか。
俺にはまだこの言葉を使うことはできない。渡会にもそれを言える勇気はない。きっとこれからいろいろ経験して、いつか言えるときが来ればいい。そのときの相手が渡会だったら俺は嬉しいと思う。
――好きでした、先輩。
何度も見えなくなた先輩の車が走った道を見て俺は叫んだ。
そして明日、渡会に言おう。
先輩とは違う、よく分からないこの感情を伝えよう。
スキよりも大きくて、アイシテルよりも静かな感情を。
＋＋＋ FIN. ＋＋＋
おかげ様で1万ヒット。
サイト開設から1ヶ月弱でこんなに来て頂けるとは思いませんでした。
ありがとうございます。
美津希