Short×Short

衛門督の君


 衛門督(えもんのかみ)の君は納得できないでいた。なぜ彼女の嫁ぐ先が私ではなく大殿(おとど)の君なのだ。あんな、親子ほど年の離れた男なのだ――。

 衛門督が思いを寄せているのは、朱雀院(すざくいん)の娘、女三宮(おんなさんのみや)である。幼い頃から衛門督が慕っている彼女は彼よりも10歳年下の14歳の少女だ。そんな彼女の嫁ぎ先をどうしようか、父親である朱雀院が頭を悩ませているのを彼は知っていた。だから是非私が、と名乗り出たのだった。だのにあろうことか、朱雀院が選んだのは彼の腹違いの弟である。いくら身分が良いと言っても相手は四十を迎えた初老の男だ。衛門督が納得いくはずが無かった。
 女三宮の婿候補は衛門督以外に三人ほどいた。一人は18という年の若さで大出世した男だったが、昨年娶ったばかりだったために候補から外された。一人は身分はそこそこ良いがプレイボーイで有名な男だったのですぐさま却下された。一人は申し分ない身分の持ち主だったが朱雀院の家来に当たる男だった。さすがに娘の嫁ぎ先が部下の元というのは心もとなかったので、彼もやはり外された。そして衛門督――彼はその身分の低さのために止むを得なく候補から外されたのである。
 そして選ばれた大殿の君。彼は異例の准太上天皇という最高位にまで就いていた。すでに妻が四人ほど居り、いくら兄の頼みだとは言え、親子ほどに年の離れた娘を娶るつもりなどなかった。だが小耳に挟んだ「藤壺の女御の娘が女三宮である」という話に、その心はいとも簡単に揺れ動いたのだ。
 しかし衛門督は諦めたわけではない。彼は大殿の君が出家したがっていることも知っていた。いつか彼が出家すれば、そうすれば彼は俗世から居なくなるのだ。そのときこそ女三宮を手に入れるときだ――。彼はその日が早く来ないかと願っていた。

 三月のあるうららかな日、衛門督や大将の君は大殿の屋敷である六条院の庭で蹴鞠をすることになった。女三宮も当然この六条院にいる。決して会うことはないだろうが、同じ空間にいるということだけで衛門督は胸をときめかせていた。
「良い天気だな、なあ」
 大将の君が衛門督の君に声を掛ける。彼とは幼馴染の中であるが、あまり恋愛のことで話したことは無い。だから今のこの気持ちも話すつもりは無かった。話したとしても、今既に彼女は大殿の妻である。どうにもならないことは充分承知している。ただ、今は。
「そうだな。桜も綺麗に輝いている」
 時々、大将の君が羨ましく感じる。彼は18、9の年で自分なんかよりもずっと上位に就けた。もとより親の身分からして差があるのだが、上達目(かんだちめ)よりもとうてい下に居る己と比べればやはり才もあるのだろう。それに加えて最近彼は妻を娶った。それが何よりも羨ましい。早く女三宮を手に入れたい、と願うだけの自分とは何もかもが違うような気がした。
 蹴鞠をしていた輪から大将の君は少し離れて階段の上に腰をかけた。少し遅れて衛門督も輪から外れ、大将の近くに腰を下ろす。
 そのとき、猫が飛び出してきた。二匹の唐猫だった。
 衛門督は思わず猫を抱きしめた。
――ああ。
 信じられなかった。
 夢だと思った。
 猫が飛び出したために屋敷の中を隠していた御簾が翻った。そのときに一人の少女が見えたのだ。可愛らしい、まだ幼さの残る彼女。
 衛門督はすぐに彼女が女三宮だと分かった。
 なんてことだろう! まさか彼女の姿が見えるとは! きっと私が毎日のように強く願っていたから神が一つ叶えてくれたのだ。これも何かの縁に違いない。やはり彼女と結ばれるのは私しかいないのだ……!!


 ……ありえない。
 横で感動に打ちひしがれている幼馴染みをよそに、大将の君は表情を歪めた。女性が、しかも妻になった女性がこうも易々と人前に姿を見せるとは、なんと軽々しい。まだ幼いからと言ってももう14だ。常識くらいはあってもいいはずである。


 と、隣で幼馴染みが軽蔑にも似た感情を抱いてるとは露ほどにも思わない衛門督の君は、彼女の姿を一目見たことでいくつもの罪も気にならない程、さらに愛おしさを募らせるのであった。

――絶対に、彼女を、モノにしてみせる!!

+++ F I N. +++

『源氏物語』若菜上巻より
ほんの一部をパロディにしてみました。
一応内容は即してますが。
訳ではありませんので。
というか彼…けっこうイタい人です。
たぶん続きません。
2007年6月19日up  美津希

☆ちょこっと解説☆
若菜上巻 …『源氏物語』第二部初めの巻。
衛門督 → 柏木(源氏のライバルだった元頭中将の息子)
大殿 → 光源氏
大将 → 夕霧(光源氏の息子)
藤壺の女御 → 先帝桐壷の皇后藤壺の、腹違いの妹
朱雀院に夫候補として源氏を薦めたのは侍従乳母という人です。
彼女は女三宮の乳母(めのと=育ての親のようなもの)です。