Te amo

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 私のケータイは常にバイブ設定にしてある。こうしていれば急な呼び出しがかかってもある程度無視できるからだ。着メロでも流れようなら何より周りに気を遣うし、気を遣わせる。そうなってしまったら、もう、彼の思う壺なのである。
 ……だからといって数分おきに鳴らされたら、さすがに耐えられたもんじゃないけどっ。
「もしもし?」
『あぁやっと出たな。遅いんだよ、ったく』
 不機嫌な私の声に気づいていないのか、さらに不機嫌そうな彼の声が聞こえた。その言い草にカチンと来ながらも、いつものことだと自分に言い聞かせて抑える。これでも一応私の恋人なのだ。
「ごめん。……で、何?」
 とりあえず謝っておけばコレ上の文句は言われないという事を、私は既に学んでいた。
『ああ、この前俺、実莉(みのり)に一万貰ったじゃん?』
「あーうん、あげたね」
 いつものように『貸して』の一言で渡した一万円札は、いつの間にか『あげた』ことになっている。私もそれほど子供ではないから、彼にお金を渡す時は返ってこないものだと分かって渡しているから、そんなことはどうでもいいのだけれど。だから問題にすることもないのだけれど、何となく嫌な予感がしてきた。そしておよそこの感じは外れることがない。
『あれ無くなってさ、もう持ち金ないんだよ。一万でいいから今から持って来てくんね?』
「今から!?」
 それはいくらなんでも無理だ。彼はフリーターで私は大学生で、今からだってこっちは授業があるのだ。そう言うと彼は再び不満そうな声を出す。
『んだよ、こっちは切羽詰ってんだよ。ちょっとぐらい抜けたってどうってことねえだろ? お前マジメなんだし』
「そんなわけないでしょう! とにかく、次の授業で最後だから、それまで待ってて。終わったら連絡するから」
『え、おい――』
 彼の言葉を聴かずに私はケータイを閉じてバッグにしまう。はぁ、と溜め息が隣から聞こえてきた。高校の時から付き合いのある畠瀬衛(はたせ まもる)、通称マモちゃんだ。彼は私と電話の相手――遠野紀也(とおの のりや)のことを知っている友人の一人で、唯一の相談相手だったりする。
「相変わらずな、高尾(たかお)と遠野さん」
 それは苦笑と言うよりは呆れの表情で、その奥には皮肉めいたものが潜んでいる。そんなことは私が一番知っていることだけれど、まぁしょうがないよね、と楽観的に思う自分もいたりして、そうとう重症なんだろうと思う。
 でもしょうがないのだ。だってこの関係はずっと……一年近く続いていて、私は未だ解放されていないのだ。離れたいと願っても彼は私を離してくれないし、私も心から離れようとして、未だできないでいる。
――好きになったのはたぶん、私の方。
 でも最初にこの関係を求めたのは、彼の方だった。