Te amo

11


 私のケータイは相変わらずバイブ設定のままにしてある。以前の時のように頻繁に鳴ることはなくなったこのケータイを、私は未だに持ち続けている。
「実莉のソレって癖?」
 講義が終わって道具を片付けている途中、隣に座っていたマモちゃんが言った。ソレ、と彼が指差したのは、私の右手にある携帯電話だ。
「え?」
 訳が分からずキョトンとしていると、そんな私達に気づいた由布子が間に入ってきた。
「実莉っていつも講義が終わるとケータイ持ってチェックしてるじゃん」
「あ……」
 そういえばそうかもしれない。何気なく手にしたケータイを見て私は始めて気が付いた。毎回鞄の中からケータイを引っ張り出して、着信履歴を確認してからノートやら教科書を鞄の中に入れている。
「っていうかそんなの、今に始まったことじゃないし。衛って鋭いようで結構鈍いんだね」
 そう言って由布子は笑って、みんなと一緒に教室を出て行く。私とマモちゃんもそれに続いて席を立った。
 そうか。前は必ず先輩からの着信があったからケータイを手にしていたけど、今はそんなのないって分かっているはずなのに、習慣になってしまっていたのかもしれない。それはとても可笑しくて、なぜか切なくなる。先輩が居なくなって、もう随分と時は経っているのに。それでもその年月を数字にしてみると思っていたよりも短いんだと気づく。
 あれから1年。私達は進級して、だけどあまり変わり映えのない毎日を送っている。
 先輩の居なくなった毎日にも、少しずつ慣れてきた。
 あの日以来彼の家に行くこともない。
「実莉」
「ん?」
「まだ遠野さんのこと」
 時々。
 本当に時々。
 マモちゃんの私を呼ぶ声が彼のものだと思うときがある。
 だけど振り返るとそこには正真正銘本物のマモちゃんが私を見ている。
「大丈夫。もう大丈夫よ、私」
 1年経ったんだもの。私はそう言って笑ってみせる。あの頃出来なかった笑顔を、私はこんなにも簡単に浮かべることが出来るようになった。
 そうして知ったのだ、マモちゃんがいつも私を見ていてくれたことに。私が笑うとマモちゃんも安心したように笑顔を返してくれる。
 だけどまだ、私はマモちゃんの手を取るわけにはいかない。まだ、マモちゃんを選べない。私の心にはやっぱり先輩が居るから。
 こんな私はずるいだろうか。わたしは今もあの頃と変わってなくて、笑顔は出来るようになったけど、マモちゃんがずっと私の隣に居てくれると思っている。こんな私に、マモちゃんもいつか離れていくんだろう。
「ねえマモちゃん」
 私はふと思いついて自分のケータイを取り出した。
「何?」
「今度新しいケータイ買おうかな」
 彼が私に残してくれたのはたくさんの思い出だけで充分だと思う。だからこのケータイも、もう要らないかもしれない。
 けれど。



 あのね、先輩。
 私は先輩のこと、ずっとずっと好きでした。

 好きでした。

+++ F I N. +++