Te amo
 -side T-

11


 最後の電話をするのに、俺は丸一日を要した。これで全てが終わるんだと思うと、怖くて堪らなかった。だけどしなきゃならない。
 終わらないといけないんだ。
 くそっ。なんでこういう時に限ってさっさと出ないんだ。俺の決心が鈍るだろ。
『も、もしもしっ?』
「遅ぇよ。何かしてたのか?」
 すぐに苛立った声を出してしまった。どんな時でもダメだな。本当はもっと優しくしたかったんだ。
『うん、今日は友達と飲んでて』
「ふぅん。あいつも一緒なのか?」
 一緒なんだろうな、と思いながら一応聞いておく。
『あいつって?』
 キョトンとした声で聞いてくる実莉に俺は少し呆れながら答えた。
「いつも実莉の傍でうろうろしてるヤツだよ。俺と違って真面目そうな顔してて、いつもお前のこと見てるやつ」
 名前なんか言ってやらねぇ。俺が意識しまくってたことを未だに隠そうとしてるなんてかっこ悪いかもしれないけど、知られてもかっこ悪いことには変わりないだろう。
『もしかして……マモちゃんのこと?』
「そう」
 それ以外に誰がいるっつーんだよ。居たらこんな電話するわけがない。まぁ実莉は俺の心情なんざ知るはずもないんだけど。
『マモちゃんなら居るよ、幹事だし』
 なるほど、幹事ね。
「へぇ」
 大方実莉のための飲み会だろう。ああいうタイプは良い人で終わりそうなことをするもんだ。
 ただ、今はそうかもしれないけど、それじゃあダメなんだ。本当は俺の役目にしたかったが、こんな状態じゃ無理だ。アイツなら大丈夫だと、そう思える。実莉を支えるならあの男が良い。
「もしもさ」
 どうか、俺の願いが届けば良い。
「もしも俺がいなくなったら、そいつに傍に居てもらえよ。俺はお前に迷惑しか掛けてなかったけど、そいつなら実莉を幸せにしてくれるだろうからさ」
 今まで言えなかったけど、今なら言えるんだ。
 こんな状況にならないと言えない最低な男なんだ。
「好きだった」
 本当はずっとずっと言いたかった。
「実莉のこと、好きだったよ」
 けど言えなかった。
『え、えっと』
「実莉は? 実莉も俺のこと、好きだった?」
 言えなかったのは、怖かったからだ。愛を確かめ合うのに言葉を使うなんて、したことがなかった。今までの女ならとりあえず抱けばお互いに満足しあって、そんな言葉なんていうのは、その場を盛り上げるだけの道具に過ぎなかったのに。
『好きだよ』
 震える泣きそうな実莉の声が俺の胸に響く。
『今でもずっと……好きだよ…』
――良かった。
 実莉が俺を好きでいてくれて、本当に良かった。
「ごめんな、こんな俺で」
 ありがとうなんて照れくさくて、やっぱり言えないけど、今はこれが精一杯だった。
 もうこの先なんてないのに、どしたって、俺は臆病なんだ。
「俺実莉に会えて良かった。もし戻れるなら、実莉に会った時に戻って、やり直したいよ」
『なんで……っ』
「でも過去になんて戻れるわけねぇしさ。けど未来でもし実莉に会うことがあったら……」
 泣かしたいわけじゃないんだ。だけど本当に俺は自信がなくて。弱い人間で。
「……実莉はまた俺を選んでくれるかな」
 そうだといい。そんなふうに願うことしか出来ない。
 だけどそんな遠い話はまた今度によう――。
『私は……』
 ガチャン
 俺は実莉の言葉を待たずに受話器を置いた。

 もう戻れないなら、早くこの場から消えよう。それが一番いい方法だと思う。
 俺じゃダメだったんだ。
――だからどうか、俺の居ない世界で幸せに――


+++ F I N. +++