Je t'aime

2


 初め、藤崎大和は二重人格者かと思った。
 けど“それ”が本性なのだと分かるまでに時間はいらなかった。

 始業式のあとのホームルームが終わると掃除をして、あとはもう帰るだけだ。けれどこのクラスのほとんどは残っていた。理由は簡単だ。彼が何者か、皆自己紹介のあれだけでは気が済まないのだ。
「俺、森岡修司っていうんだ、よろしく」
「俺はねえ、篠原洋介。俺ら中学から一緒なんだ」
 森岡君は確か、自己紹介のときに皆を笑わせていた人だ。サッカー部のエースでモテるという話を聞いたことがある。明るい人柄だしそれも分かる気がする。篠原君も同じタイプの人だ。
「そう、よろしく」
 藤崎大和はにっこりと、まるで王子様のような笑顔で応えた。あたし達とは別に遠巻きで見ていた女の子のグループが小さな歓声を上げた。彼女達の気持ちも良く分かる。
「でもさ、こんな時期に転校なんて珍しいよな。親の都合とか?」
「おい修司、それっていきなりすぎだろ」
 篠原君が軽く森岡君を嗜める。それから藤崎大和に「ごめんな、こいつ失礼な奴で」と謝っていた。そんな二人を可笑しそうに彼は笑った。
「いいわよ、全然、気にしないし」
 普通ならここは一緒になって笑う場面だ。「そっかーヤマトっていい奴だなぁ」とか言いながら。そして三人の友情は生まれるのだ。皆もそれを期待していたに違いない。
 けど最初に森岡君の顔が引きつったのが、遠目から見ているあたしにも良く分かった。
「え、あ、そっか。そりゃ良かった」
 笑顔を引きつりながら森岡君はなんとか言葉を返せたようだ。
「えーと、ヤマトのそれってわざと?だよな」
 篠原君も笑いながら、それでも戸惑いを隠せないまま言った言葉に、藤崎大和はキョトンとした表情で首を傾げた。可愛らしく見えるそれは彼の容姿が絵に描いたように整っているからこそ嫌な感じではないのだろう。
「『それ』って、アタシの言葉遣いのこと?」
「!!」
 一瞬にして二人が固まったのが分かった。回りの皆もどよどよと囁きだした。もちろん彩芽もしきりに「えー?えー?」とわけの分からない声を発しながらあたしの袖を引っ張っているけど、あたしはそれを無視して中心の三人から目を離せないでいた。正直、藤崎大和がいくら美形だからと言っても、女顔と言うわけではないし、例えそうだとしても声は立派にステキに男性のものだから、口調とのギャップはショックだった。ショックというか、こういう時はあえて日本語で“衝撃を受けた”と表現した方がしっくりくると思う。
「うーん、やっぱりそんなに変かしら? アタシ的には気に入ってるのよね。昔からだから楽だし」
 困ったように笑う様も絵になる彼だけど、それは音声のない写真の中だけの話だ。
「変っていうか、まあ変なんだけど……ヤマトが使うと似合わないっていうか」
 篠原君も困ったように頭を掻きながら言った。森岡君も「そうなんだよ!」と思い切り首を縦に振って頷いている。
 そうか。衝撃の理由はギャップというよりは「似合わない」からなんだ。あたしも森岡君と同じように、篠原君の言葉に納得した。確かに似合わないんだ、彼にオネエ言葉は。でも自然に話す藤崎大和という人間と接するうちに、そういう感覚もなくなりそうだという気もする。要するに慣れれば“普通”になるんだろうと思える。
「それって何かショックだわ……。でもアイツらがどうしてあんなアタシに突っかかってきたのか分かった気がする」
 溜め息を付きながら彼は独り言のように呟いた。実際独り言だったのかもしれない。森岡君がすかさず「あいつらって?」と聞くと更に困ったような顔をした。
「転校した理由、アタシのコレが気に入らない奴らを締めたからなのよね」
 まるで何でもないことのようにさらっと言った。表情だけは二人の様子を伺っているけれど、その口調は不自然なほどカラっとしていた。
「……シめた、って?」
「アタシって結構強いのよ。うふふ」
 うふふ。じゃないだろうよ。
 でもこの一言が決定打だった。もう誰もこそこそと彼の口調に付いて言わなくなった。たぶんこのクラスメイト以外では山ほど何かしら言う人間は出てくるだろうけれど、少なくとも今この場にいる人たちは、この「うふふ」で藤崎大和の人間性を悟っただろう。彩芽は相変わらずキラキラとした瞳で彼を見つめている。
 なんだかスゴイ人が同じクラスになったもんだと思っていたけれど、あたしは何となく彼を好きになれそうだと思った。男とか女とか関係なく、単純に人間として好きになれそうだと思った。例えば彩芽が大好きな担任の先生みたいな存在だ。
 だって同じ“藤崎”だし。
 やっぱり綺麗な人とは仲良くなりたいでしょ。