Je t'aime

5


 意外に人気があった衣装係。女子ばかりが集まる輪の中にあたしも居た。
「いんじゃんほい!」
 原始的な決め方に皆は一喜一憂する。
「ほら、言ったじゃない」
 黒板に消されたあたしの名前を見ながら藤崎大和が小声でそう言ったのをあたしは聞き逃さなかった。
 かくして、あたしは一番人気の低かった貴族Dになってしまったのだ。

 あたしが所属する文芸部は顧問の先生が担当する化学室で活動している。クラブ専用の部室なんて文化系クラブが持っているわけないのだ。
 活動内容は実質ほとんどが雑談。たまに書評や物語を書いたりしているけど、言ってみれば身内だけで楽しむためのお遊びだ。そんな気楽な部活と知っているのか、毎年新入部員は割りと多い。幽霊部員もたまにいるけど本当に、たまに、のレベル。あたしたちの学年で唯一の該当者が彩芽だったりする。バイトが忙しいみたいで年に数回のミーティングにもあまり顔を出さない。
 今日も今日とて、あたしは一人で化学室へ向かう。
「こんにちはぁ、フジ子先輩」
 教室のドアを開けると一番に声をかけてきたのは2年生の飛鳥ちゃん。あたしをフジ子先輩と呼ぶのは彼女だけだ。去年の今頃、部内での自己紹介前に軽く話していたときだ。あたしが藤崎椿という名前だと教えたところ「じゃあフジ子先輩ですね!」と満面の笑みで言ったのだ。たぶん藤崎の藤を取っているのだろうけど、なぜソコに着眼点を置いたのか未だに謎だ。
「昨日はごめんね。新歓で何するか決まった?」
 新歓とは新入生歓迎会のこと。金曜日の4、5時間目を使って行われる部活紹介に文芸部もひっそりと出ることになっている。一つのクラブに3分間の時間が与えられて、その中でPRをするシステム。毎年各クラブが力を入れていてかなり面白い。去年の文芸部は竹取物語をモチーフにした衣装を着て部活紹介をした。なんとかぐや姫をやったのはあたしだったりする。本当は昨日のミーティングにあたしも出たかったのだけど……なぜに図書室の大掃除をせねばならなかったのか。
「ハイ、今年はシンデレラとかどうかなって。まだ決定じゃないんですけど」
「はっ?」
 思わず声が裏返った。でもそんな恥ずかしさを感じるよりも驚きの方が遥かに上回っていた。
「去年は竹取物語でしたよね。フジ子先輩のかぐや姫可愛かったです! だから今年もフジ子先輩にやってもらおうって話になって。だったらシンデレラはどうかって、あたしが言ったんです」
 得意げに話す飛鳥ちゃんを少しばかり恨んだ。あんな恥ずかしいことを今年もやれと?
 そこへ部長である芳香が入ってきた。入り口の所で棒立ちになっているあたしとニコニコと笑う飛鳥ちゃんを見比べて小首を傾げる。ちなみに飛鳥ちゃんが名付けた芳香のあだ名はヨッシーだ。そんなカワイイ性格ではないことを知っているあたしたち3年は爆笑モノだったのを覚えている。
「何やってんの、そんなところで?」
「今シンデレラの話をしてたんです。やっぱり今年もフジ子先輩で決まり!ですよね」
 おいおいおい。
 やめてくれよ、という意味を込めての懇願の目を向けるあたしと、期待満面の飛鳥ちゃんを見て、芳香は得意のニヤリ顔を見せた。
「ああ、それ。もちろん決定事項。フジ子に拒否権なんてないから」
「なんで!」
「昨日ミーティングに来なかったフジ子に拒否はさせん」
「ひどい!」
 昨日のは不可抗力でしょうがっ。
 それでも芳香はお構い無しに、さっさと笑って席に着いた。あたしも急いで荷物を置くと、芳香の正面に座った。
「あのさぁ、ウチのクラス、文化祭でシンデレラをやるのよ。被ると面白くないじゃない?」
 何とかやめさせようと必死の言い訳をしてみる。言い訳になってるかどうか微妙だけど、芳香は心底驚いたように目を丸くしてあたしを見た。
「えっ、そうなの?」
「そうなの!」
 力強く答えると、芳香の表情が変化した。嫌な方向へ。
 再びニヤリとした微笑は悪魔にしか見えない。
「ならカンペキじゃん。どうせ王子役はあの転校生でしょ」
「な、なんで……」
「美形の転校生って有名じゃない。2年も知ってるって話よ。ねぇ、飛鳥ちゃん?」
 芳香が声をかけると他の2年生と話していた飛鳥ちゃんは「はい?」と振り向く。
「3年の転校生の話、知ってる?」
「あぁ知ってます、超カッコイイって人でしょう?」
「あたしも知ってますー。でもまだ見たことないんですよねぇ」
 飛鳥ちゃん以外の数人も元気よく手を上げて「知ってる知ってる」と声を上げた。まさかこれほどまで噂が広がっているとは思ってなかったので素直に驚いた。けれど話題に上っているのはやはり彼の外見だけらしい。
「その人がどうかしたんですか?」
 飛鳥ちゃんの質問に悪魔ヨッシーがにっこりと微笑んだ。
「新歓で王子役を頼もうと思って。名案だと思わない?」
「思わないよね?」
 あたしたちを交互に見ていた2年生達はしばし黙って、お互いの顔を見合わせると芳香以上に微笑んでこちらを向いた。
「何言ってるんですか。ステキすぎです!!」
 打ち合わせたかのように見事にハモって答えられた。がっくり。
「ってことで、お願いしてきてね」
 ……マジですか。