Je t'aime

6


 新入生歓迎会を明日に控えた衣装合わせで、あたし達は初めてそれぞれの衣装を手に取った。
「ヨッシーちゃん、どう? 似合う?」
 ニコニコと笑顔で登場した藤崎大和はまさに王子様だった。中世ヨーロッパ風のスーツに白いマント。さすがにかぼちゃパンツと白タイツは履いていないけれど。
「似合うよ。ヤマト君ったら本当の王子みたい!」
 今まで見たことのないくらいはしゃぐ芳香が絶賛するのも無理はない。後ろで飛鳥ちゃん達も黄色い声を上げていた。
 芳香の言葉に満足そうに笑うと、ふいっとあたしの方を見る。
「椿ちゃん、可愛い! 抱きしめてもいいかしら?」
 変身前のシンデレラをイメージしたボロボロのワンピースにエプロン姿のあたしを見たとたん、彼は両手を広げてそんなことを言ってのけた。
「どうぞどうぞ。シンデレラは王子のものだもの」
 ぎゃー!? 悪魔ヨッシー、何を言うのか!

 本番を午後に控えたその日のあたしは本当に落ち着かなかった。昨日は抱きつかれることなく終わったけど気が気じゃない。まさか本番で何かやらかすことはないと思うけれど……不安だ。
「椿、いよいよ今日だね。楽しみにしてるから」
 お弁当を急いで口の中に放り込んでいると楽しそうに彩芽が言ってきた。幽霊部員の彩芽に部活紹介での役目などあるはずもなく、あたしがこんなに緊張しているのに暢気なものだ。
「もうやだよ、ホント」
 はぁ。と盛大な溜め息を吐いてみせると彩芽は更にカラカラと笑った。それにしてもバシバシと人の腕を叩くのはやめてほしい。今更だけど彩芽のコレは凶器に近い。
「なぁに言ってるのよ。ほら、王子が迎えに来たよぉ」
「椿ちゃん。一緒に行こう」
 キャピキャピと喜ぶ彩芽の声に重なって聞きたくなかった声が聞こえてきた。急にざわめく教室内で、視線が痛い。
「あれ? 今日委員会あるって言ってたっけ?」
 篠原君が不思議そうに藤崎大和に聞いた。どうやらあたしと彼との接点は委員会だけだと思われているらしい。――って、実際、それ以外になかったはずなんだ。
「ああ、新歓の助っ人を頼まれてるの」
 彼はあたしの腕を引っ張るとそれだけを答えて教室からあたしを連れ出した。
 彼が触れている部分だけが異様に熱く感じる。
「じゃあ行きましょうか」
 ぱっと腕が放されてほっと胸を撫で下ろした。目立つことは好きじゃないのに。
 けれど緊張とは違う意味で心臓が激しく鳴り続いていることに気づいていた。
 衣装に着替えて舞台の袖で出番を待つ。文芸部は割りと初めの方なので、前よりも後ろの方に人が集まっていた。皆それぞれのユニフォームやコスチュームを着ていて、まるで仮装大会のようだ。運動部は決まったユニフォームがあるからカッコイイし見られても恥ずかしくはないんだろうけど、あたしはかなりの注目を浴びて死にそうになっていた。というか、この視線の多くは隣に並ぶ藤崎大和が原因だ。見た目は立派な王子なのだから仕方がないのだけれど。
「ヤマトに藤崎さん! それってシンデレラ?」
 驚いた声を上げたのはすぐ後ろに並んでいた同じクラスの畑さんだった。文化祭の『シンデレラ』でシンデレラ役を演じるのが畑さんだ。長く真っ直ぐな黒髪を一つにまとめて赤いラインの入ったTシャツとスコートを履いている彼女はテニス部だ。細くてすらりと伸びた手足で抜群のプロポーションを持つ畑さんは儚いシンデレラにぴったりだと思う。
「そうなのよ。可愛いでしょ?」
 彼が自慢げに言うものだから畑さんは曖昧に笑って頷いてくれた。なぜこの男が言うのかと不審に思っているに違いない。あたしはどうやって誤解を解こうか一人でパニックになった。
「うん、可愛い。ヤマトったら本当は私じゃなくて藤崎さんにやってもらいたかったんじゃない?」
 なななな、何を言い出すんだ、畑恭子さん!
「実はねぇ。なんちゃって」
 二人であははと爽やかに笑い出す。あたしは恥ずかしさに耐え切れずに後ろへ一歩下がり、そのまま背を向けた。……だめだ。あのノリについていけない。
「それじゃあそろそろ始まるんで、準備してくださーい」
 生徒会の人が声を掛けていって最終チェックに入る。時間は3分以内。時計が鳴ったら強制退場。
 4時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴ると共に幕が開けられる。
 あたしの緊張は最高潮に達した。

「藤崎さん!!」
「はいっ?」
 出番を終えて体育館を後にすると、後ろから突然大声で名前を叫ばれた。まだ新歓は続いているので体育館の外は驚くほど人気がない。振り返るとすごい形相をした高倉さんがずんずんと近づいてきていた。なんか、ものすごく怖いんだけどっ。
「文化祭の出し物と被ってたじゃない。文芸部と提携する気はないわよ」
「は?」
 提携って……。文芸部は文化祭に出店するつもりはないのだけど、どういう文句なのだろうか。
「ヤマト君と畑さんからシンデレラは藤崎さんにしたらどうかって言われたんだけど、どういうこと?」
 一瞬高倉さんの言葉の意味が分からなかった。
「え、ごめん、こっちが聞きたいんだけど。あたしがシンデレラって何?」
 あたしはしがない貴族Dのはずだ。
「まあいいわ。明日皆に聞いて決めるから」
 え。何がいいんですか。
「あたしはヤだよ?」
 必死で抵抗してみるものの、高倉さんには何の効果も与えられていなかった。
「藤崎さんならやってくれるって二人が言ってたのよ。やってみる価値はあると思えてきたわ」
 出た、悪魔ヨッシー2号!