Je t'aime

7


 あたしは悪魔ヨッシーに愚痴をこぼしていた。ギャハハハと大笑いする彼女は本当に悪魔のように思えてくる。人が真剣に困っているというのに、芳香め。いやだからこそ芳香なんだろう。
「そっかぁ、シンデレラに決まっちゃったのかぁ」
 ヒーヒーと苦しそうに腹を抱えながら芳香が言った。そうなのだ。ヨッシー2号もとい高倉さんの提案が今日のホームルームで早速通ってしまったのだ。
「藤崎君が言い出したら誰も反対するわけないじゃん。話し合いにもならなかったんだよ? 森岡君なんて既にカップル扱いするしさ」
 思い出すだけでも恥ずかしかった。なまじ苗字が同じだから恋人というよりは夫婦だと言われてクラス中で大爆笑だ。それを否定しない藤崎大和も何を考えているんだか分からないし、あたしは一人でテンパっていた。
「それだけ椿のことを好きなんじゃない、ヤマト君は」
「はぁ? 好きぃ?」
 思いも寄らない単語を聞いてあたしは目を丸くした。芳香は何を今更とニヤリと微笑む。この表情は要注意の合図だ。
「椿ってばこういうこと疎そうだし気づいてないかもしれないけど、傍から見れば一目瞭然よ。ヤマト君の態度見てれば誰だって気づくんじゃない? ねえ、飛鳥ちゃん?」
 芳香は不意に後ろで談笑していた飛鳥ちゃんに声をかける。毎度のことながら飛鳥ちゃんは「何がですか?」とこっちへやって来た。
「椿んとこの転校生が椿に気があるんじゃないかって話」
 するとそれだけで納得したように飛鳥ちゃん以下2年生がアアと頷いた。
「そりゃ絶対フジ子先輩狙いですよぉ。見る目が違ってましたもん」
「オネエ言葉にはびっくりしましたけど、あれだけかっこよかったらアリですよ」
 ねー。と声を合わせる彼女たちに「ホラ見なさい」と芳香のニヤリ顔が深くなっていく。そんなことを言われたって簡単に信じられるわけがない。だってあの藤崎大和だ。仲良くなりたいとは思ったけど、そういう関係を求めていたわけではない。正直困るだけだ。……これは最後まで気のないフリをしないといけないんだろうなと思う。こんなことを言われて今までどおりにしろと言う方が無理な話だ。
 本当、無理な話で。
 次の日に聞いた藤崎大和の噂が気になってしょうがなかったのも仕方ないだろう。

「ヤマト君て絶世の美女と付き合ってるんだって!」

 興奮気味にそんな話を教えてくれたのは、当然と言うべきか、彩芽だった。どこから仕入れてくるのか、彩芽からの噂話は遅めに登校するあたしの元へすぐにやってくる。信憑性があるのかどうかは謎で、今までで言えば五分五分といったところ。だから今回も「またか」な感じが強く、あたしは大して信じていなかった。ただ、気になるというだけで。
 それに藤崎大和に恋人がいるとは到底思えなかった。確かに彼はモテそうな感じはするけれど、彼自身はそういうことに興味がない気がする。女嫌い、なわけではないことは分かる。苦手、というのも考えられない。ただ興味がない、そう思う。なぜかと言えば、彼の話し方がそう思わせるのかもしれない。上手く説明できないけど、彼は告白されても断るような感じがする。断る文句は決まってる。「興味ないから」だ。
 そんなあたしに彩芽は頬を膨らませて不満そうに表情を歪めた。ついでに強烈な平手打ちがあたしの腕に当たってきた。彩芽は興奮すると人の腕をバシバシ叩く。藤崎大和という転校生が来てから今年は去年の倍は叩かれているんじゃないだろうか。
「もうっホント、椿ってそういうのに興味ないよね」
 ツマンナイと怒る彩芽にあたしは曖昧に笑ってみせる。あたしの場合は興味はあるけど彩芽のようにストレートに表現できないだけだ。
「そんなことないよ。いつも彩芽の話、聞いてるじゃない」
「聞くだけじゃダメなんだってば。――そうだ、椿、今日の放課後一緒に帰ろう! ねっ!」
「はぁ?」
 彩芽はひとりキラキラと目を輝かせ始めた。ぞわぞわと嫌な予感が背中を走る。今日の放課後は昨日と同じように部活に行くつもりだ。
「ヤマト君の彼女を突き止めるのよ。だって明らかにデマだもん」
「はぁ??」
 意味が分からない。どこから真相の是非の話になったのだろうか?
 キョトンとしたあたしの表情があまりにもマヌケだったのか、彩芽は呆れ半分好奇心半分といった目で見てくる。わざとらしく腰に手を当てて「ふぅ」と肩で息を吐く。
「受身ばかりじゃ真のシンデレラにはなれないんだから!」
「……」
 もう出てくる言葉もなかった。
 正直言って、本当に、嘘偽りなく、真実として、断言できる。
 あたしはどうも藤崎大和をそういう対象には見れない。極端に言えば男として見れないのかもしれない。その最大の原因は分かっている。彼の言葉遣いだ。それしかない。顔だけ見ればかっこいいし、憧れるし、彼氏になってほしいと思うだろう。だけど人間、外見だけではないのだ。話し方一つで印象が大きく変わることは特別なことでもない。
 だいたい、彼があたしに恋愛感情を抱いているとは思えない。確かに悪意は持たれていないと思う。なんというか、同じ苗字だという同族意識が彼に働いていて、特別扱いされているという印象を他の人に与えてしまうようになっているんじゃないだろうか。……心理学的なことはあたしに分かるはずもないから何とも言えないけど。少なくとも友人程度の好意にしかすぎないと思うのだ。
 それはあたしにも言えることで。
 だけどそう思われていることに少しだけ優越感を覚える。そんなあたしも真実として在るのだ。