Je t'aime

15


 シンデレラの衣装は新歓の時に着たフリフリの文芸部仕様とは違って、シンプルな作りだった。動きやすさ重視にしてくれたのか、足を全て覆い隠す長さじゃないスカートはけっこう好きだ。魔法にかけられる前の衣装は『不思議の国のアリス』っぽいこともない。そんなこと言ったら怒られそうだけど。
「やん、椿ちゃんったらカーワーイーイ!」
 セリフと格好がミスマッチな藤崎大和はやはりかっこよかった。モトが良いからきっと何を着ても自分なりのものにしてしまうんだと思う。白タイツでなくて本当に良かった。
「じゃあ、最初っから通してやってみよう」
 高倉さんの合図でそれぞれ自分達の位置に付く。出演者と道具係は舞台袖へ。音響係は壁側に設置された音響機具のところへ。照明係は舞台正面、舞台袖、二階へと。高倉さんと担任は観客席になる位置のところへ。
 一度照明を全部落として暗闇にする。幕を閉じて、ブザー音が鳴る。

☆ ☆ ☆ ☆

「昔々あるところに、ツンデレラという少女がいました。彼女はたいそうなツンデレで、ツンデレと言っても恋人や好きな人すらいなかったのでいつもツンツンしていました。そのため、血の繋がらない継母や義姉妹たちとも仲が悪く、父親を困らせていました。そんなある日、父親のもとに城から舞踏会への招待状が送られてきたのです――」
 ナレーションが終わると照明が舞台を照らす。幕が上がると家の背景に、ツンデレラとその家族が立っている。
「では、わたくしたちは舞踏会へ行ってきますからね。ちゃんと留守番してなさいよ」
「どうぞどうぞ、お好きなように行ってください」
「ほんと、相変わらず可愛くないんだから!」
「お土産なんか買ってきてあげないんだから!」
「そんなもの欲しくないわよ!」
 ツンデレラが言い返すといい加減腹を立てた継母や義姉妹たちは苛立った様子を隠そうともせず家を出て行く。それを見届けると、ツンデレラは思わず溜め息を漏らす。手には雑巾が握られていたが、それをぎゅっと硬く握り締める。
「……またやっちゃった」
 ツンデレラは力なく呟くとがっくりと肩を落として近くの椅子に腰掛ける。目の前には大きな鏡があり、鏡の中のツンデレラも浮かない表情をしている。
「どうして素直になれないのかしら」
『そういう性格だから仕方ないじゃないの?』
 突然聞こえてきた自分の声に驚くツンデレラ。しかし辺りを見回しても家の中には自分だけしかいない。気のせいだと思いなおし、もう一度椅子の背に腕を乗せて頭を預ける。はぁ、と盛大に溜め息を付く。
「私も舞踏会に行きたかったな」
『でも彼女達みたいなドレスを持っていないじゃないの』
 また自分の声が聞こえてツンデレラは驚く。しかし何度辺りを見ても家の中には自分だけしかいない。
 不思議に思ったツンデレラは見逃している箇所がないか丹念に部屋中を見回していく。台所の奥、暖炉の中、棚と棚との隙間、鏡の後ろなど、あらゆる場所を見たがやはり誰もいない。
 ふと鏡に映った自分を見て驚いた。服装はツンデレラなのだが顔が全くの別人だったのだ。鏡に映った偽ツンデレラは一瞬驚かず、にっこりと笑う。
「ななな何!?」
「やっと気づいたのね」
 鏡に映ったツンデレラはそう言うと、ぬっと鏡の中から抜け出す。衣装がツンデレラのボロボロの服から黒いグローブへと変わる。魔女だ。
「私には全てお見通しよ。あなた、本当は舞踏会へ行きたいんでしょ」
「さっきわたしが言ったじゃない」
「何よ偉そうね。せっかく私が舞踏会へ行かせてあげようかと思ったのに」
「え!」
「まあいいわ。あなたの性格からして王子に見初められることはないと思うけど。行くだけ行かせてあげる」
「み、みそ……?」
「あら知らないの? 今夜の舞踏会は王子の花嫁探しの場でもあるのよ。そのために国中の女性を呼ぶように何人かの魔女が雇われたの」
「ええ!?」
「ほら、あなたみたいな人がもしかしたら王子の運命の相手かもしれないじゃない? 残念だけどあなたじゃないことは確実になったけど。今この私がそう決めたわ。」
 なんと言っていいか分からずにいるツンデレラをよそに、魔女はテキパキと作業を進める。
「まずはその服をどうにかしなくちゃね。ビルビルバルデルブー!」
 魔女が呪文を唱え、どこからか出してきた杖をツンデレラの服の方へ向けると、彼女のボロボロの服が美しいドレスに変わる。
「あらやだ、あなた靴を履いてないじゃない。しょうがないわね。ビルビルバルデルブー!」
 今度は何もないところからガラスの靴が現れる。
「それから……そうそう、城へ行く馬車が必要ね。ちょうどいいわ、そこのかぼちゃと、あっとこの子で良いわね」
 ひょいと横切るねずみを捕まえた魔女は、ツンデレラが持ってきたかぼちゃにねずみを括りつける。
「ビルビルバルデルブー!」
 大きな爆発音とともに煙が上がる。そこに現れたのはかぼちゃの形をした荷台と薄汚れた毛並みの馬。
「さぁこれに乗ってお行き。そのドレスと馬車は午前零時の鐘の音とともに元に戻るから、それまでに帰ってくるんだよ」
「どうして零時に魔法が解けるの?」
「私はまだ完璧に魔法が使える魔女じゃないからさ」
 魔女はツンデレラを馬車に突っ込むと、馬に蹴りを入れる。驚いた馬は勢いよく走り出す。
 暗転。
 背景は舞踏会の場面に変わる。そこには既に王子の姿がある。踊りを披露するカップルを見ながら王子は未だ自分の思う女性に会えないことに溜め息をつく。そんな彼の気持ちなど露も知らない女性客達は王子の姿に見惚れている。その中には当然ツンデレラの継母と義姉たちの姿もある。
「ステキだわぁ」
「まだ王子様に見初められた方はいらっしゃらないのよね」
「わたくしが選ばれたらいいのに……」
「ばかねえ、近寄る勇気もないくせに」
「だってあんな綺麗な目に見つめられたら……」
 ほう、と女性達にの溜め息が一斉に吐かれる。
 そこへツンデレラの登場。
 ふと王子と目が合う。王子は一瞬我を忘れ、すぐに彼女の元へ近づいていく。ツンデレラはいきなり現れた王子に戸惑いを隠せない。
「なんて美しい人なんだ。どうか私と踊ってくれないか?」
 ざわつく場内。ツンデレラは一気に恥ずかしくなる。
「い、いえ、そんな、」
「踊ろう? ね」
 王子は優しくツンデレラの耳元に囁き、彼女の腰を抱いて引き寄せた。
「君の名前は何ていうの?」
「……お、教えません」
「どうして?」
「別にっ……どうせ夢で終わるんだもの」
「僕は終わらせないよ。君こそ僕の運命の人なんだから」
「まさか!」
 そこへ零時を知らせる鐘の音が聞こえる。ツンデレラは慌てて王子から離れ、駆け出す。
「お、おい!」
 王子も急いで追いかける。二人の姿が消える。
 暗転。
 街中のどこか。慣れないヒールを履いていたツンデレラは転ぶ。ドレスの魔法は解けたがガラスの靴だけは解けないでいる。
「いったぁ」
 そこへ王子が追いつく。驚くツンデレラ。
「大丈夫か?」
 跪く王子にツンデレラは思わず後ずさる。
「大丈夫、です! それじゃあ!」
「待って!」
 慌てて立ち上がろうとするツンデレラの腕を掴む王子。そのままツンデレラが逃げないように腕の中に抱きしめた。
「ちょっ、ちょっと!?」
「君が名前を教えてくれるまで離さないよ」
「なっ!?」
「それともずっとこうしている方が良い?」
「やっ、ちょっ、えっ?!」
 慌てふためくツンデレラに、王子は美しい笑顔を向けた。

☆ ☆ ☆ ☆

「た、タイムタイム!」
 高倉さんの声で誰もがやっと我に返った表情をした。が、藤崎大和扮する王子に抱きしめられたままのあたしは未だパニック状態で周りを見ている余裕なんてなくて。
「もうヤマトくん! 藤崎さんが困ってるんだから、アドリブなんて入れないでよ! 話が進まないじゃないの」
「だってぇ、アタシが王子なら絶対逃がしたりしないもの」
 そう言って彼はさらに一層あたしを抱く腕に力を込める。
 う、うわ〜ん!
「だからそれじゃあ話にならないんだって。これはあくまでも『シンデレラ』のパロディなんだから」
「でもそれじゃあツマンナイじゃないの。ねぇ、みんな?」
 藤崎大和がそう言えば皆が一斉に賛同の声を上げる。頭を抱える高倉さんが目に入って、あたしも彼女に少しだけ同情した。
「ってことで宜しくね、椿ちゃん」
 ちゅっと頬にキスをしてきた。おおっと言う声が上がった気がしたけど、あたしはそれどころじゃなかった。
 うぎゃ〜っ!