Je t'aime

23


 ゲームセンターに入る前に皆でコンビニに寄った。やはり祭り効果か、あたしたちみたいな大勢のグループ客が何組か居て結構込んでいた。とりあえず、と篠原君を中心にお菓子やらジュースやらを買い込んでいく。
「洋介! 花火やろうぜ、花火!」
 森岡君がレジの横に掛けられていた花火セットを持って篠原君に声を掛ける。お菓子コーナーにいた篠原君は少し思案してから頷いた。すると森岡君は無造作に花火セットの束を篠原君の持っていたカゴに投げ入れたもんだから、篠原君に怒られることになっていた。それでも結局戻すことはなかったのだけれど。
 会計を済ませてコンビニを出ると、すぐに「あのさ」と篠原君が皆を呼び止める。
「河川敷に行かない? 花火大量にあるし、食べ物も飲み物も結構買い込んだしさ」
「え、でも向こうと合流するんだよね」
 どうするの、と中村さんが言った。
「だから連絡取ってさ、俺ら河川敷に行くことにしたって。待ち合わせ場所はそんとき考えればいいし。何だったら向こうも花火持って来させればいいと思うんだけど」
 ということで、あたしたちはゲームセンターもカラオケもやめて大通りから少し離れた河川敷へ向かうことになった。だんだんと離れていくたびに、路上に流れている音楽も小さくなっていく。普段自転車を使うときには10分ほどしか掛からない道のりも、皆で歩いてぞろぞろ行くと30分ほど掛かった。
「今日はあんまり喋ってないよね、ヤマト君と椿」
 河川敷に向かう途中で彩芽がふと呟いた。それにあたしは意味もなくドキッとする。いや、別に、何があったわけじゃないから動揺することでもないのに。……ううん、本当は何もないなんて言えないのかも知れないけど。
「っていうか藤崎君が避けてるみたい」
 香苗さんの指摘に彩芽は「あぁ、そうそう」と頷き、あたしの心臓は更に早くなっていく。……って、あたしが悪いわけじゃないし。だってあれは、彼から仕掛けたことで――。
「何かあった? 昨日」
 一瞬フリーズ。
「な、何って、何もないよ?」
 声が裏返りそうになったけれど、あたしは正直に言うのも恥ずかしくて何もないフリをした。それに花火を見るまでは本当に普通だったのだから、半分は真実だ。
「じゃあどうしてヤマト君があんなふうなのよ。怪しいなぁ」
 ニヤニヤと笑顔を見せる彩芽はまるで芳香のようで怖い。だけどあんな……あのことは、とても言えることじゃない。言えないのに、どうしよう。どうしたら上手く言い逃れられるんだろう。
「何もないってば、ほんとに!」
「ムキになるところがよけいに怪しい」
「……ッ」
 じゃあどうしたらいいの。あたしにはどうしようもできないじゃないの。
 ずるい。藤崎大和はずるい男だ。勝手にあんなことして、あたしはどうしたらいいのか分からなくなって、なのに彼はそんなあたしを避けるようにして。ますますあたしは分からなくなる。
 こんなのズルイ。不公平だ。
 そう思うとなんだか急に腹立たしくなって、叫びたいような泣き出したいような気持ちになった。せっかく花火をしに行こうとしているのに、全然楽しくない。
 こういうのって、なんだか嫌だ。どうしようもなく嫌だ。胸の中がモヤモヤして、気持ち悪い。
「……あたし、帰る」
 河川敷に着いた途端、あたしは思わずそう呟いていた。あたし自身が実際に声を出していたことに驚いたけれど、それでもいいかもしれないと思えた。
「えっ、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけどっ」
「ごめん、藤崎さん。私もそんなふうに困らすつもりはなかったの」
 慌てて彩芽と香苗さんがあたしの袖を掴む。だけどあたしはふるふると首を横に振った。違うの。彩芽も香苗さんも悪くない。というか香苗さんには迷惑かけっぱなしで、こっちが謝らなくちゃいけないかもしれない。
「せっかく来たんだしさ、楽しもうよ、ね?」
「うん……でも……」
 困ったような泣き出してしまいそうな彩芽に強く断れないでいると、彩芽の後ろから「どうしたの?」と他の男の子達がやってきた。
「椿が帰るって言うから」
 彩芽が応えると皆驚いた顔をして、そして彩芽と同じようにあたしを引き止める言葉をかけてきた。ああ、本当に悪いな、と思いながらもやっぱりずっとここに居たくはなくて。
 どうしてかなんて――分かりきっていた。
「ヤマトー! 藤崎さん帰るってー!」
「!?」
 息が一瞬止まった。
 だけど時間が止まることはなくて、大声で呼ばれた彼は当然あたしの方に振り返る。
「……あ、そう、なの?」
 だめだ。
 ヤバイ。
 息が詰まって……苦しい。
「どうせ帰るなら送ってってもらいなよ。もう暗いし」
 藤崎大和の隣にいた篠原君がそんなことを言ったけど、あたしにはその意味がよく分からなかった。送ってもらうって、二人になれってこと? ――む、ムリ……!
「いや、べつに」
「――いいよ」
 あたしの言葉を遮ったのは藤崎大和で。
 それだけであたしの頭は血が上ったみたいにフラフラとした。鼓動が胸を強く打ち続けて落ち着かない。
「椿……っ」
 彩芽の心配そうな表情があたしの胸を痛く締め付けた。
「ごめん、今日は。香苗さんも」
 悪いのはあたしだ。せっかくの雰囲気を壊してるのは、あたしなんだ。
 あたしは二人に謝ると足早に来た道を戻った。
 もう嫌だ。こんな自分が最低に嫌いだ。
「ッ」
 涙が出そうになって必死で我慢する。泣いたってどうになることでもないし、っていうか泣く意味が分からないし。どうしてこんなに嫌な気分なのに涙なんか出るんだろう。
「椿ちゃん!」
 後ろで声がする。
「椿ちゃんってば!」
「うっ」
 不意に後ろに引っ張られてこけそうになった。
 驚いた拍子に溜めていた涙も零れ落ちてしまった。
「椿ちゃ……」
 どうして。
 一言も声を掛けてくれなかったのに。
 どうして今になってこんなに優しく名前を呼んでくれるの。
「うぅっ」
 勝手に流れていく涙も、彼があたしの腕を掴んでくれて喜んでいる自分も、何もかもが嫌だ。
 人前で泣いてしまう自分がすごく嫌だ。
「椿ちゃん……」
 だけど彼はちゃんとあたしの傍にいてくれる。
 ただじっと傍にいてくれるんだ。
 ずるいよ、ほんとに。
 話してくれないだけであたしはこんなにもおかしくなってしまうのに。

 人通りのない道端で、彼はあたしが泣きやむまでじっと傍で立っていてくれた。