Je t'aime

29


「あたし、好きだよ。そういう藤崎君も」
 生まれて初めての。
「ありがとう」
 あたしの一世一代の告白は。
「やっぱり友達って良いわよね」
 呆気なく流された。
「……え?」
「ん?」
 彼はあたしの肩から顔を上げ腕を解いた。そこにはきょとんと笑みを浮かべるだけで、あたしの言葉の意味は届いていないように見えた。もう一度あたしは「え?」と呟く。
 え。え。え。なんで?
 あたし今「好きだよ」って言ったよね。「好きだ」ってちゃんと伝えたよね。
 どうして何もないような顔をするの? どうしてトモダチだなんて言うの?
「えっと――」
 あたしは訳が分からなくなってきっと困惑しているのが表情に出ていたんだろう。ああ、と彼は言った。
「分かってるわよ、椿ちゃんがアタシを友達としか見てないって事くらい。そんなことアタシの口から言わせないでよ」
 困ったように笑う彼。
 ガツン、と鈍器で殴られたような気がした。
 ま、まさか――!?


 静かな彩芽の部屋の外からはセミの声が煩く聞こえる。
「ばっかねぇ」
「……」
 彩芽の呆れたような声にあたしは何も言葉が出てこなかった。確かにばかだ、あたしは。
 そういうふうに見れないって言ったのはあたしだ。応えられないと言ったのもあたしだ。少しの期待も持たせないように突き放したのは全部あたしだ。だから彼はあたしのあの言葉も友達としてということを前提に受け取っただけで、そういうふうに仕向けたのは全てあたしなのだ。
「で。そのあと言い直さずに帰ったわけだ?」
 コクン、と頷くしかなかった。
「だってやっぱり虫が良すぎると思ったし。何よりそんなこと言い出せる雰囲気じゃなかったんだもん」
 俯いたまま目の前に出された麦茶を見つめて答えた。コップにはいくつもの水滴が流れてテーブルが少し濡れている。
「だからぁ、ヤマト君はそんなこと思わないって、たぶん」
「“たぶん”じゃ……怖いし」
「もうそんなんだから見てるこっちが気持ち悪いのよ! さっさとくっついちゃえば良いのに。夏休みなんてもう一週間しかないのに!」
 そんなことを言われても困る。あたしはブスッと彩芽を上目遣いに睨んでみた。だけど逆に睨み返されてあたしはすぐに怯んでしまう。
「だいたいヤマト君もヤマト君よ。変なところで弱気なんだから」
 すると彩芽は自分で言って何かを思いついたらしく、すぐににんまりと笑顔を見せた。嫌な予感がするのは気のせいじゃないと思う。
「いい、椿。勝負は2学期だからね」
「……勝負って?」
 誰と誰が何を勝負するっていうんだろうか。話の流れからするとあたしと藤崎大和だと思うけど、何の勝敗を決めるのかがさっぱりわからない。
 まぁ勉強もスポーツも彼の方が上に決まっているのだけど。
 だけど彩芽があたしの質問に答えることはなく、ただフフフと笑うだけだった。
 今の彩芽のほうがよっぽどキモチワルイと思うのだけれど。

 それから数日たった夏休みも終わりの頃に、芳香からメールが来た。
『彩芽から聞いたよ! 体育祭頑張ろうね!』
 は?
 体育祭?
 体育祭というと小学校の時でいう運動会と呼ばれる学校行事のことだよね。彩芽は二学期が勝負だといっていたけど、勝負って体育祭の勝負のことだったのかな? でもあたしと彼は同じクラスだし、というか彩芽も同じクラスだから、勝負にはならない気がするんだけど、どういうことだろう?
 しかもどうして芳香からこんなメールが来るんだろうか。うちの学校は別にクラス別で団を分けてるわけではないから、まだ同じ団になるなんて決まってないはずなのに。
『聞いたって、何を聞いたの?』
 意味が分からずそう返信すると、すぐに芳香から返事が来た。
『ヤマト君への告白大作戦だヨ! 体育祭で恋人作ろうなんて人はあんまりいないけど、二学期はそれしか行事ないじゃん? もうすぐ進路も決まるしさ。だからここで決めちゃおうって話。そういえばフジ子って大学決めた?』
――ああ。そうか。そういうことか。
 あたしはケータイのディスプレイから机の上に散らばる宿題のプリントに視線を移した。
 もうすぐで半年が過ぎるんだ。そろそろ進路も決まってきて、バラバラにそれぞれの道に進む準備が始まっていくんだ。
『芳香はK大だったよね。あたしはO大にするつもりだよ』
 返信のボタンを押して、そういえば、と考える。
 藤崎君はどこへ行くんだろう。大学に進むのだろうか。それとも専門学校だろうか。どちらにしてもあたしとは違うところへ行くはずだ。O大は女子大だし。
 そうしたらきっと、ここに登録されているアドレスへメールを打つことも、もうないんだろうな。
『もち、K大目指して今も勉強中よ。偉いでしょ(笑)』
 じゃあこのメールは何なのよ、と返す。
 小さく笑いを零しながら、あたしもしなくちゃ、と机の方へ体を向けた。
――勝負、か。
 よく分からないけど、きっと、たぶん、何かを起こさなければこのまま、あたしは何も伝えられないまま終わりそうな気がする。
 呆気なく流されたまま別れるのは、なんだか嫌だなと思った。
 何ができるのかは分からないけれど。