Je t'aime

32


 全然違う位置にいるから。
 って、微妙すぎだろ、あたし。
 あたしはベッドの中であの時のことを振り替えって自分自身にツッコミを入れた。
 あの後、藤崎君は「ごめん」と謝った。急に謝られたあたしは驚きのあまり何も言えなかった。
「ごめんね。友達でいるって決めたのに、こんなふうで。アタシ、ちゃんと友達でいるから」
「や、あの、それは……」
「うん。本当はそういう困った顔をさせたくないの」
 あ、やばい。あたしはそういう意味で困ったんじゃないのに。
 だけど口ではどうしても上手い言葉が出てこなくて。
「ごめんね。怒ってないから、怖がらないで」
 そう言って藤崎君は小さく笑った。
 どうしてあたしはいつもこうなんだろう。言いたいことはもっとたくさんあるはずなのに言えないで、悲しい顔ばかりさせる。


「では体育祭実行委員を各クラス二人ずつ選ぶことになったので、誰か立候補してくれる人いませんか? 男女は関係ないので」
 高郷さんの声が教室に響くが、なかなか自ら手を上げる人はいなかった。実行委員というのはいわゆる体育委員の補佐的な仕事だから、あまりやりたがる人はいないのだろう。もちろんあたしもその中の一人だ。
「じゃあ他薦でも構わないので。誰かやってくれる人?」
 他薦、という言葉を聞いた途端、皆がそれぞれ言葉を交わしていく。だけど結局手を上げる人は出なかった。
「誰も居ないのかよ?」
 森岡君が詰まらなさそうにそう言うと、別の誰かが笑って言った。
「それなら森岡がやれよ」
「やーだよっ、めんどくせえもん。洋介は?」
「面倒くさいことを押し付けるなって。俺だっていやだよ」
「そんなんじゃ困るんだけど」
 藤崎君が苦笑しながら篠原君と森岡君の間に入って言った。すると森岡君は何かを思いついたように、椅子に預けていた背を正した。
「だったら畑やれよ。ヤマトが困ってるんだからさ」
「えー、私ぃ?」
「何だよ、ヤマトと一緒なんだぜ? 嫌がることないだろう」
「だって私、塾があるし。放課後残れないわよ」
「んなの皆同じだって! 畑と新橋でやりゃあ良いじゃん」
 にっこりと笑う森岡君に、不満げな表情をして顔を合わせる畑さんと新橋さん。
「どうかな、やってくれないかしら?」
 藤崎君も少し困ったような笑みで彼女たちを見る。教室の雰囲気はもうこれで決まるかもしれないという感じだった。
「……しょうがないわね」
 畑さんの一言で教室中に拍手の音が響き渡った。
 その後の応援団と団旗製作係を決めるのは簡単だった。やはりみんな楽しい方をやりたいに決まっているのだ。ちなみにあたしはどれにも属さなかったけれど。彩芽は張り切って団旗製作係に立候補していた。
 体育祭の種目を来週のこの曜日までに決めることの説明を終えて、今日のホームルームは終わった。明日からいよいよ通常授業が始まる。
 その日の放課後、彩芽は早速団旗製作係の集まりがあるとかで教室を出て行ったから、残されたあたしはゆっくりと帰り支度をしていた。ああ、明日から授業か、しんどいな、なんて思いながら。
「あ、あのさぁ、藤崎さん?」
 突然新橋さんに声を掛けられて、何事かと顔を上げると、申し訳なさそうな顔をした彼女があたしを見下ろしていた。畑さんたちのグループの中でも一際明るい色をした彼女の髪はきらきらと光って綺麗だった。
「明日実行委員の集まりがあるんだけど、代わりに出てくれないかなぁ?」
「え、なんで?」
 唐突な申し出にあたしは思わず即行で切り替えしていた。ちょっとキツイ言い方になったかもしれないと焦りながら、あまり気にした様子を見せない新橋さんに少しほっとする。
「恭子にはもう言ってあるんだけど、だめ?」
 どうして、の答えになっていない言葉を返されて、あたしはどうしたものかと思案する。別にどうしてもダメと言うだけの理由があたしにはなかった。畑さんと違って塾に行っているわけでもないし、必死で勉強しているわけでもない。あたしは一応指定校推薦を狙っていたりするのだ。楽して大学に行けるならそれに越したことはない。
 いやいや、今はそういうことは関係なくて。
 だめ? と聞かれると本当に困ってしまう。
「別に……」
 そう言いかけたところで新橋さんがにっこりと満面に可愛らしい笑顔を浮かべた。
「そう! ありがとう! ごめんね、助かったぁ!」
 え。まじで?
 言ったもん勝ち?

 かくして翌日の放課後、あたしの目の前にはなぜか怒ったような藤崎君がいる。
「どうして椿ちゃんがいるの?」
「あれ。シンバは?」
 高郷さんも藤崎君の隣で首を傾げる。あたしは彼の怒っている雰囲気に怖気づいて上手く口を動かせなかった。美人の怒った顔は何より迫力があるんだってことがよく分かる。どうして高郷さんやあたしの隣にいる畑さんは平気な顔をしていられるんだろう。
「藤崎さんに代わってもらったって。ね、藤崎さん」
「あ、う、うん」
 あたしが頷くと藤崎君はさらに目を細めてあたしを見る。
 いやだから、そんなに睨まないでほしいのだけれど。っていうかどうしてあたしが睨まれているんだろう?
「椿ちゃん……、嫌なことは嫌だって言わなきゃだめだって言ったじゃない」
「そんなこと言われても」
 どうしてこんなことになったのか、あたし自身もよく分かっていないのに。
 すると、まぁまぁと畑さんが間に入ってくれた。
「そんな怖い顔で言われたら藤崎さんが可哀想でしょ。ヤマト君も嬉しいなら嬉しそうな顔をしなきゃいけないんじゃない?」
 ――へ?
「……畑さんって、結構鋭いのね」
 へ。
 え。
 えぇ!?
「まーねー。って、藤崎さん、顔赤いよ?」
 畑さんに顔を覗きこまれてあたしの顔は更に赤くなったと思う。
 だって、なんだか、嬉しかった。
 実行委員なんて嫌だと思っていたけど、結構楽しいのかもしれない。
 そんなふうに思ってしまうあたしはきっと現金な奴なんだろうな。