Cette Place

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「カンパーイ!」
 掛け声とともに一斉に持ち上げた互いのグラスを、各々がカチンと触れ合わせあった。
 クリスマスを過ぎた週末、地球環境研究会一行は学校近くの居酒屋で、一室を借り切っての忘年会を開いた。と言っても十数人が収まるこじんまりとした一角に過ぎないが。幹事はもちろん会長である東原で、乾杯の音頭を取ってからも忙しなく動いている。
「ほらほら、藤崎くんも千田くんも飲んで飲んで飲んで」
 まだ彼らが未成年であることに気づいていないかのように、早速望は生ビールの入ったグラスを二人に勧める。黙って受け取る大和の横で、おお、と感嘆の声を上げて尚志は喜んだ。初めてではないが堂々と飲める酒は美味い。
「え……でもまだあたし達飲める年じゃないんですけど……」
 生真面目にウーロン茶を注文した良子が戸惑ったように言えば、ようやく一息ついた東原が望の隣に腰を下ろし、眼鏡を中指で持ち上げて答えた。
「無礼講だ、無礼講。これくらいは飲んでもらわないとな」
「良子ちゃんも何か頼んだら? ミルク系やったら甘いし、飲めるんちゃう?」
「ああ、カクテルとサワーは飲み放題の対象外だ」
「えっ!」
 そう驚きの声を上げて、東原の隣に座っていた松本が振り返った。今まさにサワーを頼もうとしていた。
「まじっすかぁ」
「さっき店員が説明していただろう。焼酎なら頼めるぞ?」
「あ、それは後で熱燗で頼むんで大丈夫です。先輩も芋いきますか?」
 松本もまだ成人ではないだろうに中々イケる口らしい。東原は楽しそう笑みを浮かべた。
 そこへ料理が運ばれてくる。横に並んだテーブルにサラダ、刺身、唐揚げなどが次々と置かれ、店員が引くと我先にと箸が付けられていった。鶏肉の煮込みはそれ程だったが、刺身は思いの外美味く、あっという間に片付いていく。
「って、うわ! 麻耶もう顔真っ赤じゃん! 酒弱いの?」
 カルピスチュウハイを一杯飲み干した麻耶を見て尚志が驚いた。頭から首まで赤く染めた麻耶は、けれど意識ははっきりしているらしく、コクンと頷いた。
「高校の時にやったパッチテストで5分も経たずに反応したくらいだからねぇ」
 へえ、と興味深そうに尚志は相槌を打った。麻耶は勝手に酒が強いイメージで、どちらかと言えば良子がその反応をしそうだと思っていた。だから素直に「意外だなぁ」と感心する。即座に失礼なヤツだと怒られた。
「あーやったやった、パッチテスト! 懐かしい!」
「え、何、それ?」
「うちもやったよ! アルコール? をガーゼに湿らせて二の腕の裏んとこに当てるやつ。酵素が分解されるかを調べるんやって」
「へぇ」
 それを聞いていた大和はふと椿を思い出した。彼女も麻耶のように酒には弱そうだ。というかザルな椿を想像できなかった。酔って甘えたりしてくれたらいいのに、と妄想しかけて苦笑する。
 椿とは大晦日の夜、一緒に除夜の鐘を聞こうかと思っていたから、そのせいもあるだろう。昨年は変な願掛けをして初詣にも行かなかったから、今年こそはと密かに企んでいた。正月には甘酒でも飲んでもらうのもいいかもしれない。度数は低いが、椿が酒に弱いなら赤く熱った顔を見られるだろう。それだけでいい。
「ヤマトくんは全然変わらないね」
「まあね」
 大和は微笑んで、一気にビールを飲み干した。
「お、良い飲みっぷり」
 尚志も負けじとグラスを空け、なぜか望も参戦して飲み大会へと発展する。東原が途中で止めるまで誰もピッチを落とさずに飲み続けていた。
「今年のメンバーは酒が強くて頼もしいな」
 呆れながらも満足げに東原は笑った。
 それからは各々喋ったり飲んだり騒いだりして好き好きに動いた。席を動かなかったのは先に酔い潰れた尚志だけで、狭い一角をそれぞれが移動して笑い合った。
 東原が地球環境研究会に掛ける熱き思いを語り始めたところで、大和は席を立ってトイレに向かった。少しばかり飲みすぎたようだった。
 大和が出てくると目の前に尚志がしゃがみこんでいた。大和は驚いて焦った。
「ちょっ、大丈夫か?」
「……気持ち悪……」
 今にも吐きそうな険しい表情の彼に、大和は慌てて立ち上がらせて個室へと連れて行った。
 尚志がいっそ気持ちの良いくらい吐き出している内に大和は望にそっと、尚志の介抱のため席を空けることを伝えた。望や麻耶の気の毒そうな視線を背中に受けながら、ようやく落ち着きだした尚志を起こすと、店の外へ促す。ふらつきながらも歩けないことはないようで少しばかり安堵した。
「自分の加減くらい分かりなよ」
「ん……悪ぃ」
 外はすっかり寒くなっていて、ダウンを着ていてもマフラーを巻いていても寒さは一向に防げない。けれどアルコールが回って熱くなった体には調度良く、二人して駐車場の端に腰を下ろした。
「なんか、張り切っちまったなぁ。坂ちゃんの前だったからかな」
 自嘲するように呟いた尚志の言葉に思わず大和は微笑んだ。尚志はそれに気づかなかったのか、反応する気力もなかったのか、ただ黙って足元を見つめている。
「本当に好きなんだね、坂口のこと」
 最初は麻耶と良子の間で揺れていた感じがしたのだが、いつの間にかそんなことも忘れている。
「ヤマトには悪いけど、麻耶と坂ちゃんの間が拗れてからだな、坂ちゃんのことしっかり意識したの。最初は二人とも可愛い子だなーとしか思ってなかったからさ」
「人の気持ちなんてどうなるか分からないよ」
「だな」
 少し話して気分も落ち着いてきたのだろう。尚志は小さく息を吐き出してふっと微笑んだ。
「俺にも今度、ヤマトの彼女見せてくれよ。椿ちゃん、だっけ」
「……その内ね」
 それが心にもないことだということはすぐに分かった。尚志は顔も上げずに苦笑した。
「ヤマトも大概だよな」
「何が?」
「嘘つき振りが」
 尚志のその含みのある言い方に大和は眉を寄せた。
「何それ?」
「例えば、そうだなぁ。坂ちゃんと麻耶が拗れている時、実はすっげぇ気になってんのに無関心に見せてさ、何も言わないでやり過ごして。そういうところ」
 大和は何も言えなかった。本当のことだとも気のせいだとも言わず、ただ困ったように頭を掻く。
「悪い、湿っぽくなった。そろそろ戻ろうぜ」
「もう大丈夫なの?」
 心配そうに顔を覗きこんでくる大和に尚志は笑って頷いた。
 すっかり身体も冷えてきて、店の中の暖房に肌が痛くなった。席に戻ると東原の熱弁は終わったらしく、女性陣が芸能ネタで盛り上がりを見せていて、その隣で男達が黙々と飲んでいた。
 全体のテンションが再び上がってきたところでラストオーダーの合図がかかる。残っているグラスを松本が空けていき、東原が勘定する。
 店を出ると酔いから無理矢理立ち直った尚志が段取りどおり二次会の誘いを掛けた。これから下宿している松本の部屋で良子のサプライズパーティーがあるのだ。迷っている良子を強制的に参加させ、いよいよ本番へと向かう。どんな反応を彼女がしてくれるのかと思うだけで奮い立ち、尚志は良子の手を引いた。
 繋がれた手を見つめ、良子は頬を赤く染めた。
「あの二人って何だかんだ言いつつお似合いよね」
 良子と尚志の後ろを歩いていた大和に、麻耶が小声で言った。確かにまだ尚志は関係が変わるようなアクションを起こしていないものの、無自覚に想い合っているのが見て取れる。
「きっと良子の隣は尚志に持っていかれちゃうんだわ」
「寂しい?」
 大和の問いかけに麻耶は困ったような表情を浮かべただけで答えなかった。だがすぐに困惑の表情は消え、いつもの麻耶に戻る。
「まっ、自分の居場所は自分で確保するしかないものね」
 そう言って尚志の背中に飛びつき、よろける彼を盛大に笑った。窘める良子に項垂れる尚志、反省する仕草を見せる麻耶。彼らを見て大和は「そうだね」と遅い相槌を打った。麻耶の言うとおり、自分の居場所は与えられるだけではダメなのだ……。

   


※ お酒は20歳になってからです。