天つ神のおまじない

天つ神のおまじないU


「柴島くんって何考えてるのかよく分かんないよね」

 すみれが呟くと少女は「そうかしら」と首をかしげ、隣の少年を見やる。まだ小学生ほどにしか見えない少女と、すみれと見た目の年齢はそれほど変わらない容姿の少年は、目を合わせて肩を竦めた。

「あいつほど分かりやすい人間はいねえんじゃねえの?」

 少年の言葉はすみれにとって意外の何ものでもなかった。目を見開いて驚く彼女に少年は呆れたように笑う。

「だってこの前もさ」

 少年はほんの1週間ほど前のことを振り返る。すみれと大河は進学先が別々なのにもかかわらず、大河の提案で毎週五時間目で終わる水曜日は揃って中央図書館で勉強をすることになっていた。推薦でほぼ決まっていたすみれはセンター試験を受ける大河に無理矢理つき合わされていた状態だったのだ。だが1週間前は中間考査間近という事もあってすみれのクラスメイト数人も加わっての勉強会になった。

 すみれの向かいが大河の定位置だったのだが、何も知らないクラスメイトの一人が自然にその席を取った。そのためこの日だけはすみれの隣に座ることになった。

「んで、ずっとオレを使ってすみれに話しかけてたじゃん」

 すみれもその時のことを思い出した。確かにその日はずっと天空がすみれにちょっかいを出しまくっていた。話しかけるのはまだ許せよう。だがノートの端を破ったり落書きしたり、挙句筆箱を落とされたときにはさすがに切れそうになったものだ。天空がイタズラ好きだと知っていたし、実際何度か被害に遭ったので疑問にも思わなかったが、あれは全て大河の差し金だったのか。

「ああもう、ホントに、あの時はむかついた! なんであんなことするのか分かんない」

「その前はこんなこともあったじゃない」

 すみれの怒りを無視して、今度は少女が2週間ほど前のことを振り返ってみた。その日はすみれの友人の誕生日ということで、すみれはその前の年と同様に彼女に手作りのマスコットをプレゼントしたのだ。こう見えても手先は器用なすみれは時々こうやってその腕前を披露することがある。それを見た大河が急に自分にも何か作って欲しいと言い出した。すみれはなぜこんな物を、と思いながらも彼女と同じようなマスコットのストラップを作り、大河にあげた。彼はすみれが思っていた以上に喜び、それは嬉しかった。だが天空がふざけてそのストラップと市販の何でもないストラップとを入れ替えてしまったのだ。

「あの時の怒りようといったら、私でもさすがに止められなかったわ」

 少女はどこか楽しそうに言った。やはりすみれは腑に落ちない様子で眉をひそめる。

「えーと? 共通点が見えないんだけど」

 この二つのどこを取れば大河の分かりやすすぎる性格とやらが見えるというのだろうか。すみれが首を捻っていると、天空が「しょうがねえな」とこの上なく楽しそうに笑って腰を上げた。

「んじゃあ今から大河を呼ぶから、ちょっと待ってな」

「え、天空、どうすんの?」

 慌てるすみれに天空はニヤリと笑みを見せただけだ。

「まぁすみれは六合と大人しくしといてくれりゃあ良いんだよ」

 そう言うと天空は自分の腕の中にすみれを抱いた。人間ではないはずの天空の腕の中は確かに温かくて、胸からはトクトクと彼の鼓動が聞こえる。

「てて、天空!?」

 すみれは焦るが、天空も六合も落ち着いたまま大河を呼ぶ。大河が現れたときには既に六合の姿はなかったのだが。

「天空……何やってんだ」

 聞いたこともない低い声がした。それが大河の声だと分かるまでに少し時間がかかるほど、普段すみれが知っているものとは全く違ったものだった。なんというか――優しくない。

「さっすが大河。速いじゃん」

 大河の姿を確認すると天空はさっとすみれを解放する。途端にすみれは大河の腕の中に納まっていた。すみれにとっては何も状況が変わっていないのと同じだ。なにがどうなってるのか、頭がパニックになっているすみれに天空が「な?」と笑う。

「これで分かったろ?」

「何が!?」

 もがくすみれを解放する気は大河にはないらしく、相変わらずすみれは彼の腕の中だ。天空はやれやれと肩を竦めて苦笑する。そんなに睨まなくともいいじゃないか、と言いたいところを我慢して。

「大河だよ。気に入ったものは絶対放さない」

 それだけを言うと六合と同じくその場から姿を消すことにした。

「へ?」

「何の話だ?」

 残されたすみれは顔を真っ赤にし、大河はすみれを掴んだまま彼女の赤くなった顔を覗きこんだ。


≪ F I N. ≫

 

+++ あとがき +++
ご精読ありがとうございます。
久しぶりのSSがお下がりってのもアレですが…。
当時はシリーズもので考えていたので、その感じ丸出しです。
2つまで書いてあったので、両方を一気に蔵出ししました。
気に入っていただければ幸いです。
2008/05/05 up  美津希