天つ神のおまじない

肝試し編


最初に誰が「やろう」と言い出したのかは分からない。話が盛り上がっていくうちに、だんだんとそんな流れになっていった、と言えば分かりやすいか。とにかく、発案者が誰であれ、その場のノリに流されて、三次会は近くの霊園へ移動ということで満場一致したのである。


そもそもの集まりは、大学1年目の夏、唐突に送られてきた高校の同窓会の案内メールがきっかけだった。

卒業して半年しか経っていないにもかかわらず届いたそのメールは、発信者こそ話したこともない同級生の名前だったけれども、友人経由で来たために久しぶりに彼女と連絡を取り合い、すみれは参加する旨を返信した。

その後、大河から誘いの連絡が来た。どうやら大河も同窓会に参加するらしい。すみれは既に約束があったため止むを得なく断ったが、会場で会えることを楽しみにした。それに大河とは何だかんだで月に幾度は会っているのだ。それほど悲観することもないだろう。

ということで、すみれは高校の同窓会へと参加したのである。大学の期末試験が終わり、あとはいくつかの補講を受けるだけとなった8月初めのことだった。



同窓会は母校の食堂で行なわれた。調度夏休みにも入り、在校生がいない時期も幸いして、学校側も快く提供してくれたようだ。

昼間に開始した同窓会は、日が暮れ出す頃に二次会へという運びになった。二次会は場所を変えて居酒屋の宴会場を予約しているという。まだ未成年ということは誰も口にせず、無礼講ということで参加者は移動していく。何人かは都合がつかず別れることになったが、それでも大半が残った。

程よく飲み明かした頃、既に何人かは時間を気にして途中で抜け、空席が目立ち始めると、誰からともなく宴会もお開きという空気が漂う。

幹事が閉めの挨拶をする。盛大な拍手で幕を閉じた。久しぶりに級友達と盛り上がれた同窓会もこれで終了か――と僅かながらに寂しく思っていたのは、他の者達も同様だったようで、誰ともなく三次会へ誘う声が上がった。

「これからどうする? カラオケでも行く〜?」

「いいね、オールしようぜ! オレ、まだまだイケるよ〜」

「でも結構な人数いるよ。カラオケ行くにしてもせっかく集まったし、メンバー偏らせたくないじゃん」

そんなふうにして三次会へ残る者だけでこの後の相談が始まる。既に夜も深くなってきたが、すみれもこのまま帰るのも惜しい気がして、大河と友人達と残っていた。幹事をしているメンバーとは高校時代、それ程話したこともなく、向こうもこちらを覚えているのか曖昧ではあったが、彼らが率先して席替えや全員参加のゲームを催してくれたおかげで、当時よりもずっと話せるようになっていた。

次第に議題は場所の提案よりも、いかにして全員と遊べるか、に摩り替わっていき、誰かの一言で肝試しはどうか、というところにまでなった。

最初に誰が「やろう」と言い出したのかは分からない。話が盛り上がっていくうちに、だんだんとそんな流れになっていった、と言えば分かりやすいか。とにかく、発案者が誰であれ、その場のノリに流されて、結局三次会は近くの霊園へ移動ということで満場一致したのである。

それまで静かに事の次第を眺めていたすみれは、いざ霊園を前にして不安になった。もともとお化け屋敷だとか心霊現象だとか、そういった類のことは苦手なのである。大河という存在のおかげで多少は苦手意識もなくなってきてはいたが、それでも平気になったかと問われれば、否と即答するくらいには苦手なままだった。これを世間では“怖気づく”と言うのだろう。

「怖い?」

すみれの異変に逸早く気づいた大河が優しく尋ねる。厄鬼は平気でも幽霊はダメだというすみれのことを、彼はよく知っていた。その理屈は理解できないけれど、すみれがイヤだというものは出来る限り排除してやりたいと思う。

「……少し」

既に肝試し大会なるものが開催され、盛り上がっている雰囲気に水を差したくない一心で、すみれは引きつった笑みを浮かべた。友人達とも残っている以上、自分ひとりの我侭で空気を悪くさせたくは無い。

「分かった。ちょっと待ってて」

すみれの心情をより察知している大河はそう微笑むと、幹事達のところへ歩いていく。

そして何かを告げた大河は、彼らに歓迎され、用件が済むと再びすみれの元へと戻ってきた。大河が何かを話している時、ちらちらとこちらへ視線が向けられたことも気になる。

「どうしたの?」

すみれが小首を傾げて尋ねると、大河は悪戯っ子のように口元を上げて笑った。

「肝試しにはちょっとした仕掛けが付き物だろう? 俺がそれを買って出たんだ。勿論、すみれも一緒に」

「あたしも?」

「そう。脅かされるのが怖いなら脅かす方になればいいんだ。何よりこっちには取って置きの飛び道具もあるしね」

そう言って大河は何てことのないような顔をしながら掌からフッと炎を現した。そしてぎゅっと掌を握ると、途端に炎は消える。すみれはさすがにぎょっとした。


仕掛けは単純だった。大河はマジシャンではない。マジシャンの方がよっぽど複雑な技を持っているだろう。

先ほどの炎は朱雀の力だ。要は、式神を使って肝試しに華を添えようというのである。ある意味反則技だとも思ったが、すみれは楽しそうな大河を見て口を閉ざした。誰かに種明かしをしたところで信じてもらえるようなものでもない。一緒に楽しもう、と大河の心遣いを素直に受けることにしたのだった。


大河が式神を使って仕掛けたことは二つだけだ。

一つは、朱雀の炎を火の玉に見せかけて幾つも浮かせる、というものだ。正確には、火の玉のように三角形に炎を揺らせたまま浮かばせることはぜきず、じっくりと見ればその炎がボールのように丸い紛い物だということが分かる。しかし遠近法を使えば誤魔化せるだろう。

もう一つは天空と六合を子どもの幽霊に見立てる。大河としては天后あたりにでも頼んで、大人の女の幽霊の方が良かったのだが、これは天空の立っての希望だった。悪戯好きと自称するだけあって、天空はやる気満々である。六合はそれに便乗したようだ。

すみれと大河はそれぞれに任せて、朱雀が炎を出す辺りで身を隠した。そこは霊園でも端の方にあり、隣の裏山の木々が入ってきているような、隠れるには最適と思われる場所でもあった。霊園の中を回る肝試しのルートとしては、入り口から死角になっている最初の突き当たりである。

二人が体を寄せて身を隠していると、大河の携帯が鳴り、肝試しが開始したと連絡があった。……いよいよだ。


当然明りのない場所だ。参加者はここに来るまでに調達していた懐中電灯を持って回っていく。その小さな明りが見えてきたら、朱雀や天空たちが行動を始める。大河とすみれの位置からは天空達のスタンバイする場所は見えなかったが、参加者が歩いていく様子はよく見えた。

幹事から大河が脅し役で出ていることを聴いているのだろう。朱雀の火の玉を見て、最初こそ驚くものの、納得したように進んでいく者もいたが、そのほとんどは声を上げて驚愕し、逃げるようにして進んでいった。中にはそれを利用して意中の相手に良いところを見せようと虚勢を張る男や、わざとらしく腕を絡ませる女もいた。大河たちがどこかに潜んでいることは知っているはずなのに、と思うと可笑しかった。

それでも、それを見て楽しめていたのは大河だけで、すみれは気が気ではなかった。何よりここは霊園だ。霊感がないのは自身がよく知っているが、そこに居るというだけで落ち着かない。驚かしているのがこちらだとしても、その感覚は意外にも長い。じっと待っている方がずっと多いのだ。

「まだ怖い?」

大河がソワソワとするすみれに再び尋ねる。すみれは間髪入れずコクンと頷いた。

「腕、掴まっててもいいよ」

先ほどの男女のペアがしていたように、大河はすみれ側の腕を上げた。実を言えば、大河は堂々と密着できる彼らが羨ましかった。羨ましくて、けれど自分には到底マネができそうにもなく、悔しさ半分で面白がっていたところがある。

本当は後ろから抱きしめてやりたい衝動にも駆られたけれど、そこまでする大義名分もない。

大河はすみれがそっとその腕を掴むまで待った。

遠慮がちに小さく腰の辺りの裾が引っ張られる。その感覚に、大河は胸が震えた。

大河は持ち上げた腕を元に戻し、すみれと肩が触れ合うくらいまで座る位置を近づけた。

すみれの手はそれから、再び大河の携帯が鳴るまでずっと彼の裾を掴んでいた。



『いやぁ、楽しかった〜!』

満足そうに声を出したのは、既に姿をすみれの中に隠した天空だった。その様子を見る限り、参加者は天空の予想通りの反応を示してくれたのだろう。

大河とすみれはそんな天空の楽しげな声に笑みを浮かべ合った。

そこへ幹事の一人がやってきた。同窓会案内メールの送信者でもある彼もまた、満足そうに笑みを浮かべていた。

「お疲れ、お二人さん! 肝試し盛り上がったぜ。助かった」

「それなら良かった」

「にしてもさ、火の玉みたいなヤツも、子どもの幽霊も、アレどういうタネなわけ?」

「それは企業秘密って事で」

意味深に笑みを浮かべる大河に、それ以上聞いても無駄だと判断した彼は、ふうん、と相槌を打っただけでそれ以上の追求は止めた。そして再び興奮気味に口を開いた。余程大河のタネを気に入ってくれたらしい。

「まぁ、一番ビビッたのは女の泣き声だけどさ。それも企業秘密なんだろ? 分かってるって」

「……え?」

「え?」

「え?」

≪ F I N. ≫

   

2011/7/10 up  美津希