Te amo

8


 マモちゃんは私が何を言わなくても私のことをよく分かっている。だから私はマモちゃんに甘えてしまうのだろう。私が目を泣き腫らさなくたって、無理してるとわかってくれるから。
「飲みに行くか」
 久しぶりの誘いに、私だけでなく他の友人達も乗り気で返事した。マモちゃんは高校のときから変わらず、大学でもこうしてみんなの中心にいる人なのだ。
 私たちは授業が終わった後、一駅行ったところにある居酒屋へ向かった。こじんまりとした店だけれど結構賑わっていて、隠れ家的な雰囲気も良い。大学生も来易いオシャレな感じがするし、その値段も良心的で、何よりソフトドリンクも充実しているのが嬉しい。
「今日は実莉のための飲み会なんだってね?」
「へ?」
 乾杯を済ませた後、私の隣に座った由布子(ゆうこ)が内緒話を打ち明けるように言った。
「アキラが衛から聞いたって。前もナナミが落ち込ん出たときに飲み会開いてたから気になったんだ。衛発の飲み会ってそういうのばっかだよね」
 由布子がマモちゃんのことを褒めているような気がして、私は自分のことのように嬉しかった。自然と笑みが零れる。
「ずっとそうなんだよ、マモちゃんは。いつも誰かのためなの」
「そういえば高校のときから一緒なんだってね」
 地方出身の学生たちが多い中、地元出身の私たちは高校も同じという珍しいタイプだったりする。だから私とマモちゃんは人数の少ないこの学部内でちょっと目立つ存在だ。でもその原因の半分は良すぎるくらいのマモちゃんの人柄にある、と私は思っているのだけど。
「付き合ったりとかはないの? 正直なところ」
 今までにも何度か聞かれたこの手の質問に、私は困ったように笑顔を作る。
「私とマモちゃんはそういう関係じゃないもの」
 それにマモちゃんが私に告白してきたのはもう4年も前の話だ。その間にマモちゃんはちゃんと次の恋をしていて、私だけがあの頃と変わっていない。今も先輩のことで自分を縛っている。

 飲み会が始まって1時間ほどした頃、私のケイタイが震えているのにマモちゃんが気づいた。私は慌てて受け取ると店を出た。着信は公衆電話からだった。
「も、もしもしっ?」
『遅ぇよ。何かしてたのか?』
 変わらない、先輩の声。ドクドクと鼓動が早くなる。ケイタイを持つ手が震えているのに気づいた。
「うん、今日は友達と飲んでて」
『ふぅん。あいつも一緒なのか?』
「あいつって?」
『いつも実莉の傍でうろうろしてるヤツだよ。俺と違って真面目そうな顔してて、いつもお前のこと見てるやつ』
「もしかして……マモちゃんのこと?」
 いつも私のことを見ているわけじゃなくて、ただ心配してくれているだけだと思うけれど。でも彼相手にそんな訂正はあまり意味がないことのように思えた。
『そう』
「マモちゃんなら居るけど。っていうか幹事だし」
『へぇ』
 彼はそれだけ言うと急に黙った。私も何を言ったら良いか分からず、変な沈黙が流れる。こういう感じ、少し苦手だ。彼との沈黙はそれだけで緊張を生む。マモちゃん相手だとそうでもないのに、どうしてだろうか。
「あ、今日は、何してたの?」
『――もしもさ』
 一生懸命考えた会話の切り口を、彼は綺麗に無視した。私はそのことに少しばかりショックを受けたが、次の彼の言葉にそんなショックは忘れてしまった。
『もしも俺がいなくなったら、そいつに傍に居てもらえよ。俺はお前に迷惑しか掛けてなかったけど、そいつなら実莉を幸せにしてくれるだろうからさ』
「え……?」
 それは、どういう意味?
 彼は消えてしまうの? 私を置いて逝ってしまうと言うの?
 けど、そんなこと、今の私に聞けるはずもなかった。だって彼は、私が彼が今意識不明の重体だということを知らないと思っているのだから。
『好きだった。実莉のこと、好きだったよ』
「え、えっと」
 だった、なんて過去みたいなこと、どうして言うの?
『実莉は? 実莉も俺のこと、好きだった?』
 どうしてそんな、切なそうに聞くの。
「好きだよ。今でもずっと……好きだよ……」
 やばい、声が震える。けどどうしようもなかった。全身が震える、それを止められるはずもなかった。
『そっか。ごめんな、こんな俺でさ』
「うっ……ううん! どうして、そんなっ……」
 まだだ。
 まだ泣くのは、だめだ。涙を流すのはだめだ。まだ。
『俺実莉に会えて良かった。もし戻れるなら、実莉に会った時に戻って、やり直したいよ』
「なんで……っ」
 私は今にも大声を出して泣きたいのに、電話の向こうの彼はふっと笑った。どんな表情をしているのかなんて分からないけれど、電話越しに聞こえた彼の息の音は、とても小さかった。
『でも過去になんて戻れるわけねぇしさ。けど未来でもし実莉に会うことがあったら……』
 そこで彼は言葉を切って、今度は擦れたような細い声で続けた。
『……実莉はまた俺を選んでくれるかな』
 初めて聞く彼の自信のない声は、まるで別の誰かのようだった。私は上手く言葉にすることができなくて、やっと絞り出した声は声にならなかった。
「私は……」
 プツッ。
 ツー。
 ツー。
 ツー。
 ツー。