Te amo
 -side T-

2


 本当は一目惚れだったんだと思う。
 桜の舞う中、俺を見上げる実莉に俺は全てを奪われていた。
 だけどあの頃の俺は、そういう自分がかっこ悪いと思っていた。年下の、まだ女とも言えないような少女に、夢中になるような俺は俺じゃない。何かの間違いじゃないのかと、そう思っていたのだ。
 ただそれだけだ。

「バカじゃねぇの」
 朝、教室のドアを開けるとそんな声が聞こえた。目をやるとドアの近くにある席で数人の男子が集まっていた。そこには俺と仲の良い面子が揃っていて、俺は自分の席に着くよりも先に奴らのところへ足を向けた。
「なに、どうしたの」
 挨拶もそこそこに声を掛けると、向かって一番手前に居た後藤が説明してくれた。俺も含めて大半の奴が髪を真っ茶に染めている中で、唯一黒髪を貫いている男だ。ピアスもしてないし、制服も程よく着崩しているだけ。そのせいか俺らの中で一番真面目そうな雰囲気を醸し出せているようで、教師なんかの信頼を上手く捕らえている。
「こいつが全然動かねぇもんでさ、なかなか告ろうとしないから発破掛けてたんだ」
 こいつ、と指を差されたのは佐島という奴で、図体はでかいくせに胆は小さい、いわゆる気は優しくて力持ち、の典型的タイプ。ただ佐島は身長がやたらに高いだけで、喧嘩はめっぽう弱い。
「へぇ、好きなんだ?」
 佐島はそういう話を全然しないから意外に感じた。素直に驚くと佐島の険しい顔が更に険しくなる。
「オレは別にそういう関係になりたいわけじゃないし。今のままでも充分なんだから、もうほっとけよ」
 佐島がそう言い放つと、周りの連中は「おいおい、正気かよ」と苦笑する。俺も苦笑する側に回った。思わず「お前ほんとに男か?」と言いそうになり、そうすると波を荒立てるようだからやめることにした。
「どうせお前らには分からないと思うし。特に遠野!」
「え、俺?」
 いきなり名指しで呼ばれ、俺は目が点になった。
「女をとっかえひっかえしてる遠野になんか恋愛を語る資格はないだろ」
 佐島のあんまりな言い方に反論しようとした。
 だが後藤がそれに賛同したため、俺の反論は口から出る前に喉の奥へと引っ込んでしまった。
「だよなぁ。遠野なんかに言われても説得力ねえよなぁ。まーナンパの極意なら話は別だけど」
 そう言って笑う。俺も乾いた声で一緒に笑ってみた。
 いや、笑えないから。
「ヒドくない?」
「そんなことないっしょ。今付き合ってんのってユウコちゃんだっけ?」
「あ? いつの話だよ。今はカオリだっつーの」
 俺がしれっと訂正してやると、後藤も佐島も他の奴らも呆れ顔になった。
「相変わらず早いなーサイクルが」
 そんなことをボソッと呟くのが聞こえ、それのどこにウケたのか、ハハッと短い笑い声がした。早いと言ってもユウコとは3ヶ月付き合ったし、カオリと付き合うまでは1ヶ月の間が空いている。俺としてはそんなに早い方ではないと思う。別れて次に付き合う女が出来るまでの最短記録は高1の時の5日間ってのがあるからかもしれないが。
「んで、そのカオリちゃんとはドコまでイったわけ?」
「あーウゼェ質問来ましたー」
「なっなんだよ、お前らだって気になるだろ!?」
 話はいつの間にか俺の方に変わってきた。なのでそろそろと見切りをつけて、ようやく自分の席に着く。俺の席は“不良席”とも“特等席”とも言われる窓側の一番後方の位置にある。そこからは校舎を囲むようにして植えられている桜の木が見下ろせる。既に桜は散り始めているが、それもまた情緒があって良い。そう感じる自分はやはり日本人なんだなと思うのだ。
 そして思い出した。桜の木の下で俺を見上げる女と呼ぶには早すぎるような少女の姿を。
 桜の木の下に居た子――桜子ちゃんか。
 俺は名前も知らない彼女をそう命名すると、自然と頬が緩んでいる自分に気づいた。
 誰かを思い出して微笑むなんて、らしくない。
 ……かっこ悪い。
 俺は常に“クール”にいきたい。愛だの恋だのと現を抜かしてどうしようもない人間にだけはなりたくない。女ってのはヤリたい時にヤッて、それで俺も相手も満足ならそれでいい。
 だけどどうしてだろう。どうでもいいはずの彼女に桜子なんて名前を付けるのは。
 そしてこんなふうに思い出すなんて――。

 らしくない。