Te amo
 -side T-

3


「あ、桜子ちゃん」
 休み時間、俺のクラスの前に彼女がいたときは驚いた。そんなつもりはなかったのに気づけば声を掛けていて、驚いたのは一緒に居た後藤じゃなくて俺自身だ。
「わっ私の名前、桜子じゃなくて、実莉です。高尾実莉ですっ」
 顔を赤くして一生懸命話す姿が可愛くて、自然と手が彼女の髪に伸びる。
「ああ。それじゃあミノリちゃん、またね」
 いつもと同じ接し方のはずだ。こうしてやると大抵の相手は喜ぶ。反応が薄くても嫌われるってことはなかった。だけどこんなに胸が騒ぐことはなかった……。
 どうしたんだ、俺!
「何、あの子?」
 友達と教室に戻っていく彼女たちの後ろ姿を眺めながら、後藤が言う。
「たぶん1年。1回会っただけだけど」
 俺はテキトーに答えながら教室に入り、自分の席に座った。食堂の前の桜の木は、体育館の後ろ側に隠れてこの位置からは見えない。
「ふうん、珍しいな。遠野って年下ダメじゃなかった?」
「ダメだねぇ」
 すると後藤がケッと鼻で笑う。
「とうとう真の節操無しになったか」
「はは、ウルサイよ」
 ダメなんだよ、年下は。だから本当に今の状況は困る。
 なぜって、俺は基本的に面倒くさがりなんだ。まだまだお姉さん方に教えられることの方が多いし。まぁ同じ年くらいだったらそれなりに遊べるし。でも年下だと結構重い。一度付き合った子がまさに重いタイプの子だったからかもしれないが、それ以来、来るもの拒まずだった俺にも一つの条件が出来たのだ。気づく子はそんなに居ないみたいだけど。
「そういやお前が言ってたカオリちゃんて、飯塚香?」
 唐突に、思い出したように後藤がそんなことを聞く。
「アタリ」
 別になんでコイツが知ってんだ、とかは思わなかった。どうせ同じ学校で、同学年だし、いつかは気づくだろうと思ってたし。
 意外だったのは、意外だと言いたげな後藤の驚いた表情だった。
「なんで?」
 だからそう聞くと、後藤は困ったような顔をして膝を折り、俺に顔を近づける。
「佐島の思い人、飯塚なんだって」
「うっわ。サイテー」
 俺が言うのもなんだけど、佐島のタイプには疑問を感じる。なんだってカオリなんだよ?
「笑い事じゃねえぞ」
 カラカラと笑ってると頭を叩かれた。
「どうすんだよ。あいつお前のこと苦手っぽいのにさ」
「むしろ嫌われてる?」
 ハハッと笑って見せると、再び叩かれる。
「まじヤバイかも。俺この前散々告れって言っちゃったじゃん」
 真剣に悩む後藤に、俺らは視線を桜の木へ移した。もう桜の木は花びらなんか一つも残ってなくて、すっかり緑色に輝いている。
「俺には関係ないし。カオリが決めることだろ、それは」
――あ。
 言いながら、俺の目は桜子ちゃん、改め実莉ちゃんを捕らえた。次は体育でもあるのだろう。体操着を手に持って桜の木の下を通り、体育館下にある更衣室へと向かっていく姿が見えた。
 はっきり言ってカオリが誰を選ぼうが俺にはどうでもいいことだった。もともと告白してきたのはカオリからで、俺はたいして気があったわけじゃない。それに告白って言っても最初から軽いノリだったから、そういう付き合いのつもりなのだと思う。俺もそういう関係だと分かったからカオリを選んだ。
 なぜなんだろうか。
 そういう相手を選んだはずなのに、どうして俺は今こんなにもあの子のことを目で追っているんだろう。

 正確に言うと、目で追ってるだけじゃなかった。
「実莉ちゃん」
 廊下ですれ違うたびに声を掛けている俺。
「次、体育? 頑張れー」
「はっはい」
 礼儀正しく、その度に笑顔で返事をしてくれる年下の女の子。
「また?」
 ほかの奴は何も言わないのに、後藤だけはそんな俺を見る度に不思議そうな顔をする。確かに俺らしくないとは分かってるけどね、そんなふうに言われると恥ずかしいんだか照れくさいんだかむず痒い感じがする。
「ほっとけ」
「いやいや、お前のそういうトコは今に始まったことじゃないけどさ」
 そういうトコ、ってのはおそらく、恋人が居る居ないに関わらず違う女に声をかけまくってるところのことを言っているんだろう。
「今は大人しくしとけ。とりあえず佐島のことが終わるまではさ」
 後藤は、きっと良い奴だ。友達甲斐があって世話好きで気遣えるし。俺なんかよりよっぽど周りを見れてる奴だ。
「ウルサイって」
 でもそんなの、知ったことじゃない。
 俺はしたいようにするだけ。どれだけ俺らしくない行動だとしても、年下の実莉が気になるのも事実だし、カオリと付き合ってることも事実だ。
 実莉と仲良くしようと、カオリと抱き合ってようと、結局は俺がそうしたいと思ったからそうするだけ。
 後藤には関係ない。佐島のことなんか知らない。