Te amo
 -side T-

5


 実莉と付き合うようになって数ヶ月目のある日、俺はケータイの着信で目が覚めた。時間を見るとまだ昼前だ。誰からだ、とケータイを見ると、カオリの名前が表示されて居た。
「何?」
 寝起きの俺の声は機嫌が悪い。けどそんなことに慣れているカオリは気にするふうでもなくいつもの調子で話す。
『映画見よう! 今映画館の前だから』
「は?」
 ワケの分からない誘い方に、俺は素っ頓狂な声を出していた。なんだよ、急に。
『早く来てね、私がナンパされないうちに!』
 カオリはそれだけを言うと電話を切った。切られた方としてはどうしようもない状態に、俺は仕方なくのろのろとベッドから起き上がる。
「どっか行くのぉ?」
 俺がベッドから降りると隣で寝ていたマキが顔だけを出して聞いてきた。俺はベッドの下に散らばった服を着ながら「そう」と簡単に答える。
「カノジョ?」
 嫌そうな雰囲気がマキの辺りを漂う。俺はそれに気づかない振りをして「そう」と簡単な嘘をつく。まぁ「彼女」であることには違いないし、嘘ではないけれど、恋人としての「彼女」ではない。
「今度はいつ会える?」
「気が向いたらね」
 俺は着替え終えると、軽くマキの唇にキスを落とし、部屋を出た。マキの住むアパートからカオリが言っていた映画館までは割りと近かった。もしかして知っていて電話してきたんじゃないだろうか、と在りもしない想像をしてみて一人で苦笑した。
 そこへ、再びケータイの着信音が鳴った。今度は実莉からだった。
――そういえば今日って、何日だっけ?
「もしもし」
『……先輩、今どこですか』
 出るなり、実莉の低い声がした。怒っているような、いや明らかに怒っている声だ。何かあったっけ、と思い出そうとしても、今日が何日かさっぱり分からなくなった頭では記憶も曖昧だ。確かいつか、実莉とデートをする約束をしていた気がするけれども。
『見たい映画があるって言ったじゃないすかっ』
「え、今日だっけ?」
 ああ、やっぱりそうだ。
「ごめん、今俺無理だ」
 カオリとの約束を優先させる俺もどうかと思うが、とりあえずカオリの方が厄介なのは確かで、面倒くさがりな俺はどうしても物分りのいい実莉を後回しにしてしまう。
『もういいです! 先輩なんか知らない!』
 そう言ってブツリと音を立てて電話は切れた。ついでに実莉も切れていた。完全に。あんなふうに怒った実莉を今まで見たことがなかった。
「……ヤバイなぁ」
 どうしよう。これはヤバイ。
 真面目に腹を立ててくれていたことが嬉しくて、そんなふうに思われていると実感することが嬉しくて、そんなふうに感じてしまっている俺は相当ヤバイに違いない。
「ヤバイなあ」
 言葉と裏腹に俺の頬の筋肉は緩んでいく。

「遅れてきて何ニヤついてんの」
 会っていきなりカオリの足が俺の膝裏を蹴った。冗談でやる少し手荒いスキンシップだ。それほどニヤついていたつもりはなかったけれど、どうやら自分で思っていた以上に顔が緩んでいたようで、慌てて引き締める。
「そっちこそいきなり映画って……。佐島は?」
「遠征。今頃長野じゃないの」
 そういえば大学に進学した佐島はアメフト部に入ったんだとカオリから聞いたことがあった。似合わないと笑っていたが、佐島なりに真面目にやっているんだろう、俺と違って。
「ふぅん。で、何見る?」
 そんな話をしながら映画館へと入っていく。休日という事もあってか結構な賑わいを見せていた。その中で真っ先に、俺は実莉の姿を見つけていた。
――ふーん。
 そしてもちろん、その横に誰が居たかなんてのもすぐに分かった。ハタセマモル。整っているわけではないがシンプルな顔つきに人柄の良さが表れているような、いわゆる好青年タイプの男で、実莉の隣には常にこの男の姿がある。
 なんだ、と思った。自分のことは別にして、どうして、と。
――なんだ、実莉にもそういう人間がいるんじゃねぇか。
――どうしてそいつを選んだんだ。女友達でも良かったんじゃないか?
 らしくない感情を隠すように、俺はカオリの腕を取って列に並ぶ。けど頭の隅にはチラチラと二人の姿が映っては消え、カオリの話なんか全然聞いていなかった。
 そしてふと、思う。
 やっぱり実莉にはああいう男の方が合ってるのかも知れない。