Te amo
 -side T-

9


 俺が自分の病室の前で座り込んだ日から数日間、母さんや叔父さん、カオリに佐島や後藤、あとは高校時代仲の良かった連れたちと、今まで付き合ってきた女たち数人が俺の前に現れた。面会謝絶のプレートは以前と掛かったままだった。
 実莉への電話は数日おきにしている。2回目の電話のとき、当然のような質問攻めにあったけど、俺はそれらをことごとく交わしていった。だってまさか本当のことを言えるはずもないだろう? 俺は今ユウレイで、自分の体がどうなっているのかも分からない、なんて、どこかの三流小説じゃあるまいし、ばかばかしくて話にならない。
「調子はどう?」
 だから俺は先回りする。たぶん実莉も分かっているんだ。
『いつもと同じ、元気だよ。そっちは?』
 けど俺はその切り替えしには答えない。答えられない。答えたくない。俺は情けなさに苦笑した。
「別に」
『そう……』
「……」
 少しの沈黙が、こんなに長く感じたことなんて、あっただろうか。こんな、居心地の悪い沈黙は。
『……あ、そうだ、この前ね、』
 二人の間を打破しようと実莉が話し出す。そのことに俺も少しほっとした。いつから俺はこんなに内気になったんだろうかと思う。それとも、俺はこんなにも臆病だったんだろうか。 「悪い、そろそろ時間だ」
 本当はタイムオーバーなんてないのだろう。だってユウレイの俺には時間なんて関係ないのだし。この公衆電話だって仕組みは分からないけどカネが無くても繋がってるわけだし。
 卑怯だ、俺は。
『……そっか。リハビリ、頑張ってね』
「当然」
 バカだ、俺は。
『じゃ……また』
 “また”なんてあるんだろうか、俺に――。
「またな」

 一瞬、消えてしまったのかと思った、俺自身が。

 背中に悪寒が走った。電話を切った後、とてつもない空虚感に襲われた。まるでそこの抜けた空間に落ちたかのようにふわりと、足の感覚が無くなった気がした。  嫌な浮遊感を覚えた。ジェットコースターに乗って感じるような、身体が宙に浮く、あの浮遊感だ。
「くそっ!! チクショッ!!」
 思い切り足を蹴り上げても、ぶつけたはずの壁の感触を感じることは無かった。
 ああ、俺はユウレイなんだと、何度も実感させられる。
 最低な気分だ。

 なぁカミサマ、居るなら教えてくれよ。
 これは何の罰だ?
 俺に“また”なんてあるのか……?


 翌日、意外な奴が俺の前に現れた。いつも、思い返せば高校時代から実莉の隣に居た男だった。確か名前は――ハタセマモル。
「意識不明の、重体……ですか」
 ハタセは確認するようにゆっくりと口を開いた。ハタセの隣には佐島がいる。変な組み合わせだ。
「そう。身体の傷もそうだけど、何より頭を強く打ったらしい。目が覚めるのは明日か、来年か、10年後か、分からない」
 二人の視線は俺の体の向こう側、俺の身体が寝ている病室の扉に向けられていて、俺との視線は合わない。だけどコイツが何を思っているのか、少し分かった気がした。コイツもまた、実莉のことを想っているんだ。
「中に入っても、いいですか」
 その言葉にハッとした。振り返ってみれば確かにあったはずのプレートがなくなっていた。
「ああ。たぶんまだおばさんは来てないと思うけど」
「すみません、ありがとうございます」
 ハタセが軽く佐島に頭を下げる。それから二人は静かな足取りで病室へ入っていった。後についていこうとした俺の足は、扉の前で壁にぶつかってしまった。
「いい加減にしろよ!」
 叫んだところで誰に聞こえるはずもなく、無情にも扉は閉まった。
 ちらっと見えた病室の中は真っ白で、カーテンの向こうにベッドがあるんだろうということくらいしか分からなかった。俺はそれだけでも満足しなきゃいけないのか。違うだろ、カミサマ。
「なんでだよ……!」
 思わず蹲った視線の先は、きれいに磨かれた廊下の床で、そこにはなにも移っては居なかった。ただ天井にある蛍光灯の光だけが反射されている。
 両手をついても冷たさも何もない。