act7.3
じゃあね、と言って尾上くんと入れ替わるように遼佑くんたちが戻ってきた。あたしはさっきの反省を踏まえてさっさと立ち上がり、遼佑くんがトレイをテーブルに置くのを見てからてきぱきと二人のメニューをそれぞれ分けていく。これくらいならやってあげても迷惑じゃないよね。
「誰、さっきの。もしかしてナンパ?」
席に着くなり遼佑くんが少し険しい表情で聞いてきた。まさか、とあたしは驚いて否定する。あたしがナンパされるような容姿に見えるのだろうか。やっぱり眼鏡掛けてただけあって少し視力も悪いのかもしれない。
「ちっ違うよっ。高校の時のクラスメイト。偶然会ってね、少し話してただけ。向こうも友達と来てるみたいだったし」
「ねえ、それって私が知ってる人?」
朋子が身を乗り出して聞いたきた。朋子とは高校から別々だったけどメールでのやり取りは頻繁にあったし時々一緒に遊んでいたから、たぶん尾上くんのことは言っている。
「尾上くんだよ、2年の時同じクラスだった。覚えてる?」
あたしが頷いて答えると、朋子は視線を上のほうに向けて思い出す仕草をしてから、ああ、とあたしの方へ顔を戻した。
「あの尾上クンね。うんうん、覚えてるよ。うわ、懐かしいなあ」
「神田の知ってる奴?」
遼佑くんが朋子に聞く。朋子はあたしの方をを見ながら少しだけ考えて、ううんと首を振った。それからごめんねと小さく笑う。
「知っているって言っても名前だけだよ。実際に会ったことはないし」
「ふうん」
「ていうか普通にヤキモチも焼くんだね、見吉くん」
面白くなさそうな遼佑くんに可笑しそうに朋子が言った。やきもち焼いてくれたんだ、とあたしの胸が高鳴る。
「彼氏なんだから当然ですよ。ね、見吉さん」
純もどこか楽しそうに笑って遼佑くんに小首を傾げて見せた。遼佑くんは純に対してあからさまに嫌そうな表情を作ったけど。いつの間に仲良くなったんだろう、この二人。
そんな感じで喋りながら遅いランチを済ませていく。朋子とあたしはMサイズのサンドウィッチとポテトにジュース。遼佑くんはホットドッグとポテトとコーヒー、純はアメリカンドッグとサラダセットだった。サラダセットにはSサイズのコーンスープが付いていて、横目であたしもそれが良かったななんて思ったりした。
それに気づいた純が、相変わらず遙は食い意地張ってるなあ、と笑ったのは気にしない。
「結構ボリュームあって美味しかったね」
食べ終えた朋子が満足げに言った。あたしもジュースを飲み干してこくこくと頷く。メニューだけ見た時は遊園地特有の割高価格かなと思ったけど、満足感を合わせればちょうどいいのかもしれなかった。今日は天気にも恵まれてオープンカフェの気持ち良さも味わえたし。
「次どこ行く?」
純が皆の分のゴミを捨てに行っている間に朋子がパンフレットを開く。気遣いカップルだな、とあたしは密かに思う。
「あたしはここがいいな」
そう言って指を差したのは入り口から東側にあるジャングルをモチーフにしたアトラクションステージ。目的はやっぱり滝から真っ逆さまに落ちていくジェットコースターだ。
「また絶叫系かよ」
うんざり、と言ったように呟く遼佑くんに、あたしは慌てて言葉を返す。
「今度は朋子と二人で行くから遼佑くんは休んでていいよ。ね、朋子」
「私は別にいいけど」
あたしが朋子に同意を求めるとにっこりと微笑んで答えてくれる。でもその答え方、ちょっと微妙だ。
そんなふうに朋子の言葉に違和感を覚えると、瞬間、遼佑くんに思い切り肩を掴まれた。首の後ろから腕を回され、顔を近づけてくる。っていうかかなり近いんですけど!?
「遙? どうしてすぐ神田と二人になるたがるんだ、ああ?」
下から覗き込んでくる遼佑くんの顔が怖くて、あたしの表情は完全に引きつっていた。そんな睨まないでもいいじゃない……。
「別にっ、だって遼佑くん苦手、でしょ……?」
戸惑いながらも言い訳をしてみればさらに腕を回され、不敵に笑う彼の顔が近づいてきた。あと少しで鼻先が触れ合いそうなくらいの近距離で、もう堪ったもんじゃない。怖すぎるよ、その視線。
「はい、そこまで! 見吉くん、いい加減ハルから離れなさいよ!」
パンッと掌を叩いて朋子が遼佑くんを制してくれた。遼佑くんはすぐに体を離してくれて、ほっと胸をなでおろす。本当に怖かった。
「あれ、見吉さんさっきよりも機嫌悪くなってません?」
タイミングよく戻ってきた純が首を傾げる。
けれど誰もそれに答えることはなかった。
「あーそうだ、これから二手に別れねえ?」
今突然思いつきました、というような調子で遼佑くんが言った。え、と静まったのも一瞬で、すぐに同意したのは純だった。
「ああ、そうですね。良いかもしれません」
まだ明るいとはいえもう午後をだいぶ過ぎていて、もう少しすれば夕方と呼べる頃合だ。そうだよね、朋子と純を二人きりにしないと今日の意味がないんだった。
「じゃあ帰りはまた落ち合うってことで」
言うなり遼佑くんは席を立ち、あたしの腕を掴んであたしもあたふたと立ち上がる。
「それじゃあ行きましょうか、神田さん」
純もさり気なく朋子の荷物を持って、朋子の席の後ろに立った。朋子もあたしと同じように慌てて立つと、じゃあね、とあたしに手を振った。
「帰れる頃になったらメールするから」
「あ、うん、あたしも」
あたしが思いのほか一生懸命に言ったからか、遼佑くんが隣で小さな溜息を吐いた。
「なんかこっちがイジワルしてるみたいだろ」
「そう、かな?」
「そうだよ。二重に凹む」
ん?
あたしは遼佑くんの言った意味が分からずに首を傾げる。けれど遼佑くんはあたしの視線には答えず、行くぞ、と手を取ってさっさと歩き出してしまった。
二重……って、何のことだろう。
滝からの急降下に満足したあたしは、次は隣のステージにある海賊船をイメージしたジェットコースターを試したくなった。そっと伺うように遼佑くんを見上げれば、ややげんなりした表情ではあるものの「いいよ」と快く頷いてくれた。なんだか今日の遼佑くんは優しいなあと幸せ気分だ。
「そうだ、パレードはどうする? もうすぐナイト・ショーだけど」
ここのパレードはCMで流れるくらいステキで迫力があって、おまけにマスコットキャラクターが勢ぞろいで豪華なのだ。最終ショーには花火も派手に上がって、最高にロマンチックらしい。もうそろそろ夕陽も傾いてきたので、朋子たちもパレードへ向かうかもしれない、と聞いてみた。もちろんあたしはその前に海賊船に乗るつもりだけど。
「じゃあ次が最後だな。海賊船乗ってからパレード見るか」
何の問題もない、と遼佑くんが答えて、あたしは遅れてあることに気づく。
「そういえばずっとあたしの乗りたいものに付き合ってくれてたけど、遼佑くんは行きたいアトラクションとか無かった? 海賊船はそんなに乗りたいわけじゃないし……、言ってくれれば付き合うよ!」
半分は嘘で、半分は本気だ。海賊船は乗ってみたいけど――ううん、やっぱりここまでずっと付き合ってくれてたんだから、それにパレードまで付き合ってくれるんだから、何か一つでも遼佑くんのリクエストを聞かないことにはフェアじゃないと思う。
けど遼佑くんは相変わらず手を振って「いや、いいよ」と断ってきた。そのことにあたしは表情を歪める。あたしばかり気を遣わせるのは、やっぱり嫌だ。
「俺はデートがしたかっただけだから何でも良いんだって。ほら、早く行かないとパレード間に合わないぞ」
「でも……」
「それに最後、ちょっと付き合ってもらうから」
「ほんと?」
あたしは思わず遼佑くんをまじまじと見つめる。遼佑くんはただ短く返事をして頷いただけだったけど、それで充分だった。
良かったと歩き出すあたしに遼佑くんはあからさまに苦笑を浮かべた。