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悠木くんが誰を見ていたかなんて、全然知らなかった。だからこそ告白できたんだと思う。悠木くんが好きです、なんて。
「俺は渡会が思っているような人間じゃないよ? 浮気だってするかもしれないし」
遠回しに断られているんだろうとは思った。だけどはっきりとした拒否じゃなかったから、私は「それでも良い」なんて言ってしまった。本当はそんなこと思ってなんかいないのに。
「じゃあ、付き合おっか」
ここから始まった私たち。そう思っているのは私だけかもしれない。
それでも実際は、悠木くんは優しかった。たぶんあの言葉だって優しさの内だったんだろう。初めから悠木くんにとって、あの人と私とでは比べることなど無意味なほど、別次元の問題なんだ。浮気だったら「やめて」と言えるけど、「やめて」なんて言葉を簡単に使えるはずがなかった。
どうして今まで気づかなかっただろう。恋は盲目とはよく言ったものだ。正しくその通りだった。
「渡会が告白してくれたから俺も告白するとね、好きな人がいるんだ。渡会じゃない人」
浮気するかも、と言って、私が頷くと、悠木くんは困ったようにそう続けた。好きな人がいる、と言われて、言われたことよりもそのことに気づかなかった自分にショックだった。ひどく悲しかった。
「……私の知ってる人?」
悠木くんは穏やかに微笑んだ。
「同じサークルの先輩。恋人がいる」
それはヒントでも何でもなくて、限りなく近い答えだった。私と悠木くんは同じ美術サークルで、先輩で恋人がいるのは澤井先輩と野村先輩しかいない。
二人が校内で有名な恋人同士だということはサークルに入ってすぐ、2回生の先輩が教えてくれた。なぜ有名なのかは聞かなくても分かった。二人ともモデル並みに美人で、常に一緒にいるからだ。ただでさえ美人は目立つのだから、誰もが知っているという事実は当然だった。
届かない相手を想っている。それは私にも言えることなのだ。
「悠木くんが私を好きじゃなくても、私が悠木くんを好きなことに変わりはないから。本当は付き合えたら良いなとか思ってたけど、無理言わないし。ただ伝えられて良かった――」
「じゃあ、付き合おっか」
私の止まらなくなった口を押さえるように重ねられた言葉。
「こんな俺でも良いんなら、付き合おう」
「え、でも……」
他に好きな人がいるのに? とは言えなかった。
「言っただろ、俺は渡会が思ってるような人間じゃないって。俺は俺が好きじゃなくても、俺を好きだって言ってくれる子と付き合えるんだよ。こういう奴なんだよ、俺」
自嘲するように微笑んで、悠木くんは私にキスをした。
初めてのキスは、彼の言葉とは裏腹に、とても甘くて優しかった。
悠木くんは優しい。そのことに違いはなかった。付き合って一度も浮気はしていないし、デートはちゃんとしてくれるし。
初めて抱き合った日、悠木くんは優しく「好きだよ」と囁いてくれた。
――好きだよ、渡会。
私はその時の掠れそうな声を思い出すたびに泣きたくなる。悠木くんの優しさに甘えている自分がとても小さく見えて。私に甘く囁いてくれる彼の心が全然見えなくて。
だけど今の幸せを壊したくなくて、私は込み上げてくる汚い感情を必死で隠してる。
早く私を見て。
私だけを見て。
あの人の方へ振り向かないで。