Ich Liebe Sie

6


 さすがに学校内ではお酒が飲めないということで、2次会と称して私たちは二駅行った先にある居酒屋へやってきた。時間はまだ6時になっていなかったが辺りは既に暗く、家が遠い田中先輩を始め何人かの人は帰っていった。「部長が帰るってどうなの」と澤井先輩は呆れていたが、それでもお酒の力はすごいもので、あっという間に盛り上げ役や注文係などの役割分担ができていた。
「渡会さんと悠木っていつから付き合ってるの? 大学で初めて知り合ったんでしょ?」
 同じ1回生の古瀬さんが聞いてきた。私よりも小柄な彼女は大きな目で私を覗き込んでくる。その様はどうすれば自分が可愛く思われるか知っているふうだった。古瀬さんは悠木くんと同じ学部の子で、サークル以外でもよく話す仲らしいということは、見てれば自然と分かる。実際、グループで楽しそうに食堂で話しているところを何度も見た。
「うん、夏休みに入ってすぐくらいだったかな」
「ふうん、意外に手が早いのね」
 古瀬さんはカシスオレンジを一口飲むと別の人のところへ行ってしまった。何か言い逃げされた気分になって古瀬さんの姿を追っていると、あ、と思うことがあった。
 もしかして古瀬さんも悠木くんのこと……?
 私は慌ててその考えを追い払った。ただでさえ悠木くんは手の届かない人なのに、彼女みたいな可愛い子まで現れてしまったんじゃ、私はますます分が悪くなってしまう。悠木くんが私の告白を受け入れてくれたのは、たぶん届かない先輩への想いを慰める“捌け口”が欲しかったからだ。だから私じゃなくても良いのだ。もしあの時私じゃなくて古瀬さんが告白していたら、きっと今悠木くんの隣に居られるのは古瀬さんの方だっただろうし……それに。
 それに、何の取り柄もなく、容姿も成績も考え方も平凡な私より可愛くて明るい古瀬さんと一緒に居る方が楽しいのではないだろうか。
「渡会、全然飲んでないじゃん」
 ぼうっとしていたら悠木くんが私の隣に座った。さっきまで古瀬さんが居た場所だ。
「うん、お酒ってホント苦手で」
「じゃあソフト頼む? 烏龍茶とか」
「うん、ありがと」
 悠木くんがちょうどよくやって来た店員さんに烏龍茶を注文すると、どこからともなくブーイングが飛んで来た。私は申し訳なく俯いてしまった。悠木くんはそんな先輩達を軽く流してくれる。
「気にするなよ」
「……うん」
「悠木ぃ! いちゃついてないで何かしろよ!」
「またヒライケンでも歌いますか!」
 先輩の野次に悠木くんは立ち上がった。席を離れるのだとばかり思っていた私の手がひょいと悠木くんに持ち上げられた。
「すみません、渡会がちょっと気分悪いみたいなんで抜けます」
 引っ張られるようにして私も立ち上がり、何がなんだか分からないまま「お大事に」「大丈夫?」と声をかけてくれる先輩達に頭を下げて引きずられていく。悠木くんを見上げると眉間に皺を寄せて辛そうだった。
 暖房のよく効いた店内を一歩外に出ると酔いも一気に醒めそうなほどの冷たい風が吹いた。まだマフラーやセーターの季節にしては早いこの時期でも、太陽が沈めばそうでもないらしい。思わず冷たくなる耳を塞いだ。
「うわあ、さみぃ。ごめんな、急に連れ出して」
「ううん。悠木くんこそ具合悪かったんじゃない? 戻って休んだ方が良いんじゃない?」
 店の前は国道が走っている。車の行き来は激しいが人の往来はそれほどでもなくて、少しくらい歩道の端に座り込んでも自転車一台くらいは通ることができる。
 悠木くんは店の駐輪場の端に腰を下ろすと私を見上げて曖昧な笑顔を作った。
「ほんと、渡会って変わってるよな。……俺さ、先輩達見てるの、そろそろ限界かもしれない」
 俯いたまま動かなくなった悠木くんの隣に、私は黙って座ることしかできなかった。