Ich Liebe Sie

6


「何それ、オカシイよ。志奈ちゃん本当にそれで良いの?」

 悠木くんに告白した次の日、これまでいろいろ相談に乗ってくれていた真織ちゃんに結果報告と称して学校の近くにあるカフェに呼び出された。別に隠すこともないと思った私は悠木くんの告白も一緒に話した。何より真織ちゃんは自分勝手に他人のことを卑下したり秘密を話したりしない人だ。
 茶色く染めた髪の毛をかき上げ、赤いフレームの眼鏡から覗く目が呆れた色をする。
「良いっていうか……一応『いいよ』って言われたわけだし。『やっぱりイヤ』なんて言えないじゃない……せっかく」
「言っていいのよ、そういう場合は!」
 せっかく望んだ返事を貰ったのに。そう言おうとした私の言葉に重ねて真織ちゃんは拳を強く握り締めた。その様はまるで選挙活動をしている政治家を思わせる。真織ちゃんの迫力に私は思わずのけぞった。
「幸せなの? 自分のことを好きでもない恋人なんて」
 持ち上げた手を下ろして真織ちゃんの目が私を覗く。
「幸せだよ。本心じゃなくても『好きだ』って言ってくれたら、やっぱり嬉しいし」
「ふうん」
 信じていないような感じで頬杖を付く。
 真織ちゃんが思うように私の言っていることはキレイゴトかもしれない。自分に言い聞かせているだけかもしれない。でも100%そうでないと否定することもできない。それが建前の感情だとしても私は幸せなんだと思う。
 真織ちゃんはまだ納得できないようだったけれど、さっきのように怒った雰囲気は消えていた。
「志奈ちゃんが良いなら何も言わないけどさ……」
 呆れた色はますます濃くなったみたいだ。


 あれから一つの季節が過ぎた。真織ちゃんは本当に何も言ってこなくなった。というか、悠木くんの話題さえ出さなくなった。でもそれは私も同じで、真織ちゃんの表情が変わることが分かりきっているから悠木くんの話は避けるようにしていた。

 月曜日の2時限目は講義が違うので、私と真織ちゃんは食堂で待ち合わせをするのがいつの間にか決まりになっていた。だいたいは真織ちゃんの方が早く居るのだけど、今日は私の方が早かった。いつもより空いていたので、窓側の席を選んだ。食堂の席は中央に、長いテーブルが五列、端にに4人がけのテーブルが壁に沿って並んでいる。窓からはこの食堂がある3号館と向かいの2号館との間にある中庭を見下ろすことができた。
――あ、悠木くんだ……と、古瀬さん……。
 いつでも悠木くんをすぐに見つけることができる。でもそれは同時に古瀬さんと居るところを見つけることでもあった。もちろん数人いるグループの内だということは分かっているのだけど、二人はいつも一緒にいて、その度に二人の仲を見せ付けられているように感じてしまう。それは私が卑屈になっているからだろうか。

『――俺さ、先輩達見てるの、そろそろ限界かもしれない』
 あの日、そう言って悠木くんは、黙って私の手を取った。ただ握り締められているだけなのに、私の心臓は激しく波打って悠木くんのいる左半身を熱くさせた。そしてそのまま、握られた手は私の家に着くまで離れなかった。

「志奈ちゃん、お待たせ」
 肩をポンと叩かれて我に返った。
「あ、真織ちゃん。今日は随分遅かったね」
「それがさあ、今日はビデオを見ることになってたんだけどね――って、あれ、澤井さんと野村さんじゃない?」
 ふと真織ちゃんが指差したのは中庭の方だった。2号館側のベンチに座る悠木くんたちのグループとは別の、私たち寄りの場所に置かれているベンチに二人が並んで座っていた。私たちからは横顔しか見えないけど、きっと悠木くんたちからはよく見えると思う。
「悠木くんも不毛よね。よりによって澤井さんを好きだなんて」
 久しぶりに真織ちゃんの口から悠木くんの名前が出た。それはあまりにも私を泣きたくさせた。