Ich Liebe Sie

8


 私の隣に悠木くんと工藤先輩が並んで歩いている。正確には少し工藤先輩の方が前にいるから横一列ってわけでもないのだけど。
 なんだか変な組み合わせで落ち着かない。普段工藤先輩は一人でいることが多いからかもしれない。違和感を覚えながら、私たちは門を出て駅へ向かった。
「工藤先輩も電車なんですね。バイクのイメージがあったんですけど」
 今まで流れていた沈黙を破ったのは悠木くんだった。少し前を行く工藤先輩は少し顔をこちらに向けて「ああ」と頷いた。
「いつもはバイク」
「いつもは? って、今日はどうして電車なんですか?」
 悠木くんの質問に工藤先輩は少し間をおいて、それでも無表情のまま答えた。
「今日弟に貸してるから」
「へえ、弟さんいるんですか。今いくつなんですか?」
「18。高3」
「じゃあ今年は大変そうですね。俺も今の時期死にそうでしたよ」
 悠木くんがにっこりと笑う。明るい調子で話す悠木くんとは対照的に、工藤先輩はふいっと顔を元に戻してしまった。弟さんのことで本当に大変なことでもあったんだろうか。
 それにしても今までもどれだけ工藤先輩のことを知らなかったかが分かった気がする。工藤先輩に2歳年下の弟がいることを知っているのは、サークルの中で果たして何人いるんだろう。
 工藤先輩が顔を向こう側に向けてしまったので、私たちの間に再び沈黙が生まれた。時々横を通り過ぎる車の走る音以外、周りからも何も聞こえない。普段ならもっと人の歩く姿を見るけれど、すっかり暗くなってしまったこの田舎道には私たち以外歩いている人はいないようだった。既に店を閉めているところもあった。
 駅に着くと工藤先輩は切符を買った。私と悠木くんはいつも電車を使う身なので定期を持っている。少しだけ先輩を待って、先に行くことにした。工藤先輩も同じホームにやって来た。
「家ってどこら辺なんですか?」
 悠木くんの質問に工藤先輩が答えた駅名は私が降りる駅と一緒だった。思わず私は「あっ」と声を上げた。
「私もですよ。私も同じ駅で降りるんです」
 思わぬ共通点に笑顔になった私を見て、工藤先輩はまた「ああ」と頷いた。
「知ってる」
 意外な言葉だった。
 だって先輩とこうして話すのは、記憶違いじゃなければ今日が初めてのはずだ。
「あれ、私言いましたっけ?」
「違う。俺がただ聞いてただけ」
 工藤先輩は相変わらず無表情で、じっと悠木くんを見て言った。
「俺が聞いてて、見てただけ」
 悠木くんは初め、驚いた顔をしていたけど、すぐに真っ直ぐと工藤先輩からの視線を返した。
「――先輩、それ、どういう意味ですか」
 低い悠木くんの声はいつもの優しい色が微塵もないようで、少し怖くなる。もちろんこれは私にじゃなくて工藤先輩に向けられているものなのだけど、背中に冷たい電気が走ったみたいに感じた。
「そのままの意味だ」
 工藤先輩の言葉が合図だったようにホームにアナウンスが流れた。
 電車が来て、何人かの乗客が私たちを避けるようにして降りていく。
 乗り込んで、私と工藤先輩が降りる駅に着くまでの間、私たちは誰も一言も話さなかった。

 重い空気の中、窓から見える太陽だけが静かに姿を消していく。

 私たちはどこで糸を選び間違えたんだろう。