Ich Liebe Sie

13


 泣き腫らした目を冷やしていたら、昼休みはあっという間に過ぎていって、真織ちゃんからお叱りのメールをもらってしまった。3時限目も私と真織ちゃんは同じ講義なので、食堂とこの教室の中間位置にある大教室前で待ち合わせをすることになった。ちょうどそこの大教室で古瀬さんが受ける講義があるというのも一つの理由だった。
「あの子、怒らせたらわたしより怖そうね」
 ふふ、と笑う古瀬さんはどこか楽しそうで、私は不思議な気持ちになった。少し苦手意識が古瀬さんに働いていて、今それがゼロになった感じだ。泣いてスッキリしたのもあると思うけど、私の心は随分と落ち着いている。
 真織ちゃんは開口一番、私に「遅い!」とメールと同じ文句をぶつけてきた。そして古瀬さんを見て、私を呼んだときとは明らかに違う雰囲気に眉をひそめた。
「何を話していたかは大体想像つくけど、何があったかはちゃんと説明してもらうから」
 眼鏡をくいっと持ち上げて、古瀬さんに負けない迫力で真織ちゃんの目が私を捉える。私はただ曖昧に頷くことしかできなかった。真織ちゃんが本気で怒ったところは見たことないけど、少し凄んで見せるだけでも充分な効果を発揮するのが真織ちゃんだということは分かっている。

 4時限目の講義が終わると、5時限目も講義を取っている真織ちゃんとは別れて、一人で駅へ向かう。門から駅までの途中の道のり、目の前を歩いていた人が誰だか気づいて、知らず息を呑んだ。心臓も途端に速く打ち始める。
 工藤先輩だったのだ。
『俺が聞いてて、見てただけ』
『そのままの意味だ』
『渡会っ』
 たぶん、あの時の言葉って、そういうことだよね……。どうしよう! 悠木くんのことで頭がいっぱいだったけど、私ってば工藤先輩に遠回しに告白されてたんじゃ!? いや待て、それはそれで困るけど、まだそうだと決まったわけじゃないよね。だって「そのままの意味」ってことは、ただ聞こえてきたのを覚えていただけっていうことかもしれないし。ううん、きっとそうに違いない。
 一人でパニックに陥って一人で落ち着きを取り戻す。そうしている内にいつの間にか駅の改札口が目の前だった。工藤先輩は今日も弟さんにバイクを貸しているのだろうか、ホームに出ると前と同じ位置に立って電車を待っていた。いつもは私も工藤先輩のいつ所で待つのだけど、今日はどうしてか先輩の傍に寄ることができなくて、一番後ろの車両が着く所に立った。
 目が合うのが嫌で、気づかれるのが嫌で、一度も顔を上げなかったけれど、工藤先輩の存在が気になって、電車が来て乗り込んだ後もずっとこちらにやって来やしないかとビクついていた。

 家に着くとどっと疲れが押し寄せてきて、私はそのままベッドへダイブした。
 翌朝、私は少し早めに家を出て、部室に寄ってから教室へ向かった。家に持って帰った画材を全て戻しに行ったのだ。

 昨日、ちゃんと泣けたからかもしれない。一眠りするとやけにすっきりと頭が冴えていて、重かった気持ちも少しマシになった気がした。それから私なりに考えてみた。冷静になってみると、いつも私は受身でしかなかったんだと気づいた。
 告白したのは私からだったけれど、「付き合おう」と言ってくれたのは悠木くんだった。考えてみればあの時、好きですって言った時、悠木くんが「それで?」と返してきていたら、私はちゃんと「付き合ってほしい」と言えたかは分からない。テンパって勢いでいえるかも知れないけれど、今の私には自信がない。多分告白は告白で終わっていたと思う。
 手を繋ぐのも、デートに誘うのも、全部悠木くんからしてくれるのを待っていた。拒否されるのが怖くてできないっていうのもあるけど、その前に私は本当に実行しようとしていただろうか。たまに悠木くんが切なそうな、苦しそうな、どうしようもないとき、思わず動く時はあった。でもその時以外に自分から手を握ろうとしていたことがあった? 一緒にどこに行こうって、どこに行きたいって、伝えたことがあった? 恋人同士なら普通甘い雰囲気を出したり、その中でじゃれあったりするものだと思っていた。でも私は悠木くんが行動を起こさない限り、友達の延長のような付き合いしかしていなかった。
 結局自分からすると言ったメールも、1度もしていない。悠木くんからもない。
――なんだか今の関係をそのまま形にしているみたいだ。悠木くんが何もしてくれないと、私たちはあっという間に友達以下の状態に戻る。
 どうして私ってこうなんだろう。悠木くんだってつらいのに。悠木くんの方がつらいのに。私は肩書きだけでも悠木くんの恋人になれたけど、悠木くんはそれさえも望めない。ただ想うことしかできないのに。そのつらさは私も知っているはずなのに。
 悠木くん、甘えすぎててごめんね。
 私ちゃんと、悠木くんと向き合うよ。